後日談③<それから、これから>【前編】
<それから、これから>
――目を瞑り、布団に包まっていたかばんは、何度か寝返りをうつと、溜息と共にそっと瞼を開ける。
そのまま瞳を動かして隣のベッドを見ると、自分と同じように包まっていたはずの布団からいつの間にか抜け出し、その上で身を縮めて眠るサーバルの姿が見えた。
どうやら彼女はふかふかの布団に包まれるよりも、それを下に敷いて眠る方が心地良いらしい。
よく見れば、半獣化した腕の指先が、かすかにキラキラと、サンドスターを帯びている。
一瞬一抹の不安を覚えたかばんだったが。
『この様子だと、しっかりじゃぱりまんを食べて、ばっちり休息をとれば、サーバルの腕は治るのです。本人が活動中だとそっちにサンドスターが消費されてしまいますが、就寝中など大人しくしている時に少しずつ再フレンズ化されていくでしょう』
という博士の言葉を思い出し、胸をなで下ろした。
すやすやと寝息を立てて寝入るその姿を見て、しっかり休めていることを確認し、安心する。
それに対して自分は、疲れ果てているはずなのに目が冴えて、なかなか寝付けずにいた。
闘いが終わった直後の緊張が緩んだバスの中では、ぐっすり眠ることができたのだが。
未だに頭も心も充分に整理が追いついておらず、一度目が覚めてしまうと、眠気よりも感情の嵐が勝ってしまっていた。
暴走したフレンズ達の姿。取り戻せた笑顔。
壊れてしまったラッキービースト達。帰ってきてくれたボス。
背中に走った痛み。拳銃の引き金を引いた時の衝撃。
撃ち抜かれた黒かばんの苦悶の表情。
黒かばんの体をボスの破片で刺し貫いた形容しがたいあの感触。
サーバルの涙と笑顔――
包帯の下の癒えていない傷も相まって、ずきずきと痛む頭の中で、ぐるぐると騒動の場面場面が渦巻いていく。
しばらくは落ち着いて眠れそうにもなかった。
その時。
コン、コン、コン。
扉から小さく叩くような音が聞こえ、かばんはゆっくりと身を起こす。
返事を返そうとした彼女が声を上げる前にその扉が開き、姿を見せた人物にかばんは息を呑んだ。
「じょ、助手さん…!!」
「起きていたのですか、かばん」
「あっ、えっと、ちょっといろいろ整理がつかないというか……寝付けなくて…」
かばんが上げた声が驚きを滲ませながらも押し殺したようなものだったので、助手は視線を巡らせて、熟睡しているサーバルの存在に気付く。
彼女を起こさないように静かに扉を閉め、助手は木杖で体を支えながらゆっくり歩き、かばんの傍の椅子に腰掛けた。
「――……助手さん、無事だったんですね…良かった…」
「――見ての通り、情けない姿ではありますが…」
最後に見た、森の奥へとフラつきながら飛び去っていく後ろ姿が脳裏に浮かぶ。
ちらり、とサーバルの様子を横目で確かめ、かばんは助手と言葉を交わした。
余程無理をしていたのか、敏感な耳をもっているにも関わらず、サーバルは眠り続けている。
これなら少しぐらいは会話を続けても起きないだろう。
「博士さんとは、お会いしたんですか?」
「えぇ。……私がいなかったせいで、だいぶ無茶をしていたようなのです。今は別室で眠っているのです」
思えば、博士が休息をとっていた時間は確かに少なかった。
ライオンを取り戻した夜も、疲れ果てた自分たちを休ませるために寝ずの番をしてくれていたし、そこからはずっとフレンズ達の司令塔として動き続けてくれていた。
ここまでやり遂げることができたのは、間違いなく彼女の尽力があったからだ。
「ごめんなさい、無理をお願いして――博士さんには、本当にいっぱい、いっぱい助けていただきました…」
「そう思うのなら、謝るのではなく、感謝するのです。ごめんなさいではなく、ありがとうなのですよ」
「…そうですね」
感謝してもしきれない。後で改めて礼を述べようと、かばんは助手の言葉を胸に刻む。
その助手の方が、先ほどまでの自分のように、力なく眉をさげて弱い笑みを浮かべていた。
「謝るのは私の方なのです。肝心な時に私は博士の力にも、お前達の力にもなれなかったのです。挙げ句、サーバルを傷付けてしまったと聞きました。――私こそ無力だったのです」
ぐっすりと眠るサーバルの姿を眺める助手の声と表情は、見るからに落ち込んでいる。
らしくない姿を見せる助手に、かばんは傷の痛みも忘れて、思わず大きく首を振った。
「それは違います…!博士さんもですけど…助手さんにもたくさん助けていただきました。助手さんが居なかったらボク達は……ひょっとしたら全滅していたかもしれません」
かばんの剣幕に目を丸くする助手。
一呼吸置いて、かばんはしっかり彼女を見据えて続けた。
「――ボク達が助かったのは…暴走したフレンズさん達を助けることができたのは……助手さんがセルリアンの石を切除して、残してくださっていたおかげですから」
「かばん……」
暗い顔に、少しずつ輝きが戻ってくる。
助手は一度深く息を吐くと、椅子に腰掛け直してずっと手を置いていた杖をサンドスターへと還した。
「――かばん、お前さえ良ければ…少し、話をしませんか。騒動のこと、私もラッキービーストやフレンズ達から聞きましたが、なにしろ情報が断片的なので。お前が図書館を出てからここに至るまで何があったのか、簡潔で良いので教えて欲しいのです。――話すことで頭と心の整理がつくかもしれませんし、途中で疲れたら眠れば良いのですよ」
【かうんせりんぐ】というやつなのです、と、助手は聞き慣れない言葉を口にして少し得意げに微笑む。
「良いですね。ボクも、誰かとお話しして、今回起きたことを整理しながらじっくり受け入れたかったので…ぜひお願いします」
「ただし、無茶をするのは駄目なのですよ。辛いことは無理に話さなくても良いし、疲れたらすぐ休むのです。良いですね」
なんだかんだ無茶を言うこともあるが、根は優しくてこうして気をつかったり心配したりしてくれる辺り、博士と助手はよく似ている。
ありがとうございます、と小さく笑いを溢して、かばんは拳を口に当てて思案する。
さて、一体どこからどうやって話したら良いのだろうか、と。
そんなかばんの様子を見て、何故か少しそわそわとしだした助手は、こほん、と一つわざとらしく咳き込んで再度口を開いた。
「あの……悩むようでしたらまず最初に――聞くタイミングを逃してしまっていたのですが、今一番気になっていることをたずねても良いですか?」
「はい?」
首を傾げるかばんに、助手は神妙な面持ちで尋ねた。
「――ヒトは……脱皮ができるけものだったのですか?その…前会ったときから、ずいぶん毛皮の様子が変わったようですが」
「……あっ。はは……」
何を尋ねられるのかと身構えていたかばんは、そこから説明しなければならないことに気付き、苦笑いと共に息を漏らした。
…
一方、そのかばんが【脱皮】した服を手に、これを洗える水場を求めてロッジの外へと出ていたアライグマとフェネックはというと。
「おっ、ボス2号なのだ」
ロッジまでみんなを運んでくれたジャパリバスを見上げたまま固まっているボス2号を発見した。
『アワワワワワ……』
「どーしたのだボス2号?様子がおかしいのだ」
ろくな返事もせずただアワワワと声を発しながら震えているボス2号の目線を追って、フェネックが何かを察したかのように、あー、と呟いた。
「やってしまったねぇ。バスの足が壊れちゃってるみたいだよー」
「なにー!?」
見れば、バスの足の一つが他の物と違い、ペシャリとへしゃげてしまっている。
「バ、バスの体はがんじょーだって、ボス2号、言ってた気がするのだ」
『ア、アワワワ…』
「思い返してみれば……結構無茶してたもんねー。とんでもない道をすごい勢いで走ったり、セルリアンにぶつかっていったり、乗せきれないほどたくさんのフレンズを無理矢理運んだりさー」
いくら頑丈だといえども限界はある。
ガイドロボットでありながらガイド用の大事なバスを故障させてしまった失態に、ボス2号は震えていた。
『アワワ…修理可能ナ整備用ラッキービーストノ所在地ヲ検索チュウ…検索チュウ…』
「ど、どうすればいいのだ、フェネックぅ。かばんさんの大事なバスがこのままでは動かないのだ…」
心配げなアライグマに、フェネックはキョロキョロと辺りを見渡しながら答える。
「博士に見てもらうといいよー。直し方がわかるかもしれないしねー」
そして、近くを通りかかったフレンズを見つけ、おーい、と声をかけた。
「そこのおねーさーん」
「――あん?なんだぁ?」
呼び止められ、大量の木材を担いだまま、のっしのっしと近付いてきたのは。
「オーロックス!休まなくて平気なのか?」
「んん?あぁ、なんだお前らか」
最終決戦の場に強引に連れてこられたものの、皆のおかげで無事に暴走から回復したオーロックス。
同じライオン陣営の仲間達の姿は見えないが、オーロックスは力強く、平気だ、と返してみせた。
「――城の中に閉じこもってたからオレはまだまだ元気だし、迷惑かけた分ちょっとでも動こうと思ってよ。大将達には休んでもらって、オレはロッジ修復の手伝い中なんだ」
忙しなく動き回る他のフレンズ達を親指で指しながらオーロックスは続ける。
「ここが直ったら、オレが散々暴れ回ったへいげんの城も直しに行きたいしな。手伝いながら、直し方を教えてもらってたんだよ」
「すごいのだ…」
目をきらきらさせながら見上げてくるアライグマから、恥ずかしげに視線をそらすオーロックス。
「お仕事中に呼び止めちゃってごめんよー。もし博士に会ったら、このバスの様子を見てほしいってお願いしてもらえないかなー?私達は別の用事があるのさー」
フェネックの頼みに、オーロックスは木材を担ぎ直しながらバスと固まるボスを眺めて頷いた。
「あー、わかった。伝えとくよ」
「オーロックスも無理は禁物なのだ!休み休み頑張るのだ!」
りょーかいりょーかいと手を振るオーロックスと別れ、二人は改めて水場を探しに向かうのだった。
……
「――よかった……ちゃんと塞がってきてるよ、傷」
一方そのライオン陣営とヘラジカ陣営はというと、部下達は皆ヘトヘトに消耗しきって大部屋で床に体を投げ出して熟睡しており。
ヘラジカは肩を保護していた包帯を、ライオンに爪で裂いて外してもらっていた。
隠されていた大きな傷は、サンドスターの加護を受け、徐々に塞がりつつあった。
「しばらく大人しくしてたら、怪我も毛皮も元通り綺麗に治るだろうって、ヒグマも博士も言ってたよ」
「ふむ…私としては多少痕が残っても、箔が付いて良いと思うのだがな」
「いやぁ……勘弁してよ。それ私が辛いから」
苦い笑みを浮かべるライオンに、ヘラジカは冗談だ、と笑みを返す。
「――もう暴走の心配もなくなったし……お返しに一発、思いっきりぶん殴ってくれてもいいんだぞ?というか、そうでもしてくんないと面目が立たないって言うかさ……」
尻尾を垂らして頬を掻くライオンに、ヘラジカは少しむっとしたような顔をした。
「何を言うかと思えば…まだそんなことを気にしているのか?これはお前の意思でやったことではないのだから、気にしなくて良い。第一、暴走するお前を止めるために、すでに何度も本気で殴っている」
「あ、あぁ…そういえば、目を覚ましたとき、あちこち痛かったもんなぁ…」
肩の傷をそっと撫でながら、ヘラジカは表情を和らげる。
「私は体に傷を負ったが、お前は心に傷を負った。お互い、養生せねばな」
すっかりへこたれているのを見透かされていて、ライオンは気恥ずかしげにたてがみを掻きむしった。
確かに、自分たちも部下達もみな心身共に憔悴しきっている。
このロッジでありがたくゆっくりさせてもらうのが部下達にとってよい休息になるだろう。しかし――
「あー…私はちょっと休んだらオーロックスと一緒に一度へいげんに戻るよ。あいつも城に戻りたいらしいし、私もやらないといけないことがあるから」
「む?なんだ?手伝うぞ?」
無条件で手を貸そうとするヘラジカに、いやいや、とライオンは首を振った。
「これは私の問題だから、自分だけでやるよ。っていうか、ヘラジカは怪我が治るまで安静にしなきゃだろー」
「うむ……そうか、なら良いのだが」
少々残念そうに、しかししつこく食い下がることもなく、ヘラジカは顎を撫でながら相槌を打つ。
「――……私が暴走中にバラバラにしたボス達は、かばんのボスのように生き返ることはできなかったらしい。よくわかんないけど……セルリアンでいう石みたいに大事な部分まで、完全にバラバラにしてしまったみたいだから」
その優しさに懺悔するかのように、ライオンはゆっくり、小さく言葉を紡ぐ。
「だから、博士に教えてもらった【弔い】をしようと思うんだ。ボス達の体を大事に埋めた塚――【おはか】っていうものをつくればいいって、ボス2号にも教えてもらったしさ」
戦いを終えた後に必ず行うと決めていた償い。
ライオンの真剣な表情に、ヘラジカは、そうか、と頷いた。
「ならば、こちらのことは任せておけ。お前の部下もよく休ませておく。しっかりけじめをつけて戻ってこい」
「……ありがとね。助かるよ」
どかっと椅子に座ったヘラジカは、腕を組んで笑う。
「なに、早くお前にも本調子を取り戻してもらって、いつものように決闘の続きをせねばならんからな!」
すっかり平常運転のヘラジカ。まだ自分を好敵手と、親友と見て、これまで通り接してくれるヘラジカ。
硬くなっていた表情を思わず緩め、ライオンも吹き出すように笑みを浮かべるのだった。
「あはは、結局それかー。君も懲りないねぇ」
「森での戦いはサーバルとかばんの活躍もあったし引き分けと言ったところだが、ゆうえんちでのセルリアン退治の勝負は私の勝ちだろうな」
「……ん?おいちょっと待て。そりゃ私の方がいっぱい退治してただろうが?」
「いやいや私の方がだな――」
……
「――……なるほど……」
どれぐらい時間が経っただろうか。
かばんの話を黙って頷きながら聞いていた助手は、一通りの説明を聞き終わると、ふーっと長い息を吐いてようやく言葉を発した。
一方かばんも、話しながらだいぶ落ち着きを取り戻したものの、改めてここ数日の過密さに自分でも目眩がするようだった。
本当に、よく解決できたものだ。フレンズ達に感謝しきれない。
「大丈夫ですか?かばん」
「あ、はい…。いや、すごく大変な数日間だったけど…早く解決につながって良かったなって…」
そうですね、と頭の翼をはためかせ、助手は拳を額に当てた。
「むしろ早く行動して数日で収められたからこそ掴んだ勝利なのです。もう少し対策が遅れていれば、野生暴走の被害も大いに広がっていたでしょうし、その黒いかばんとやらも様々な輝きを得て、ヒトとしてもセルリアンとしてもさらに厄介に成長していたでしょうから」
「成長……」
深紅の目を細め、正面から見据えてくる助手。
「お前達――いえ、我々は運が良かったのです。ヤツが新たな体を得たばかりの、不安定で未熟な状態にあったこと。再現した輝きが、あくまでも【フレンズ同士の本能を曝け出した争いが見たい】という部分に留まっていたこと。更なるセルリアンの能力を身に付けて、【命を奪うことを楽しむ】という凶悪性にまで再現が及んでいたら、どうなっていたか……」
助手の言葉を脳内で反復するだけで身の毛がよだつ思いがする。
震える指先をぎゅう、と握りこんで、かばんは近くの机に置かれている紅い石に目をやった。
その視線を追って、助手もその石の存在に気づく。
重くなりすぎた空気を払拭するように一つ咳払いをして、助手はかばんに尋ねた。
「それが例の――ヤツの胸にあったという石ですか?」
「えっと……はい」
じっとその石を見つめていた助手は、おもむろに手を伸ばし、そっとそれを握った。
「――惚れ惚れするほど綺麗に取り除いているのです…。お前の器用さと利口さには、本当に驚かされるのです」
「お二人が作って下さった【レポート】のおかげです」
蜘蛛の巣状に走った浅いヒビを指でなぞり、光に透かしてみたり、いろんな角度からなめ回すように眺めてみたりした後で、助手はその紅い石を机の上に戻して微笑んだ。
「この手際の良さと賢さ、パークの危機に対する対応力――お前なら今後、博士の助手の助手として、図書館に住ませてやってもいいのです。きっと博士も喜びますよ」
「あはは…ありがとうございます」
曖昧に笑うかばんをじっと見つめ、助手はしばらく間を置いてから、にやりと笑って彼女に問いかけた。
「…その様子では、この案を呑むつもりはなさそうですね?」
「あー…えっと…」
「――実際どうするつもりなのです?」
からかうような笑みから、真面目な表情へ。
返事に困っていたかばんに、助手は改めて訊ねた。
「この騒動を終えて――お前はこれから、どうしたいと思っているのですか?」
しばしの静寂。
すっかり日が傾いて、橙色の夕焼け空が広がる窓の外から、ロッジの修復に尽力するフレンズ達の賑やかな声が遠く聞こえてくる。
「ボクは……やっぱり、海の向こうへ、旅に出てみたいです」
静かで、控えめながらも、決意を秘めた凜とした声。
助手の視界の端で、黄色の大きな耳が僅かに揺れた。
「今回のことで、ヒトのことを知るのが怖くなった気持ちもあります。ヒトの仲間や、なわばりを探すのも…」
何度も頭をよぎる、黒かばんの言葉と残忍性。それでも。
「でも、ボクは知りたいです。あの黒いボクと向き合う中で、自分のことがわからなくなりかけたので……知らなきゃ駄目だと思います。ヒトがどんな生き物なのか。フレンズさんや他の生き物たちと、どう関わっていたのか。あの黒いボクの言葉は、どこまで正しいのか――」
それに、と微笑みを浮かべ、かばんは続ける。
「他にも見たいこと、知りたいことがたくさんあります。島の外のフレンズさん達のこと。綺麗なもの。おいしいもの。便利なもの。楽しいもの。パークのみんなのために、ボクができることは何か――たくさん、たくさん」
窓の外の森を、その先にあるであろう海を、さらにその先にあるであろう外の世界を、かばんは見やった。
「――だからボクは、行けるところまで行ってみたいです。……どんな怖いことが待っていても、ボクにはこの島が、この島で出会った皆さんがいるから、きっと大丈夫です」
相槌を打つことも忘れ、そんなかばんを呆けたように眺めていた助手は、小さく溜息を溢して微笑んだ。
「やはりヒトは我々に負けず劣らず、好奇心と知識欲の塊なのです。……それに、難しいことを考える獣なのです。知らなきゃ駄目とか、そのセルリアンの言葉の真意とか、そんなに気負わなくても良いのです」
「そう、ですか……?」
「過去のヒトの責任やら、セルリアンのことやら深く考えず、もっと気楽に生きて良いのです。おいしいものを食べてこその人生なのですよ」
助手なりの慰めと激励なのだろう。前に博士が言った言葉を改めてかけてくれた彼女に、かばんは穏やかに微笑んだ。
「――ありがとうございます」
真っ直ぐ向けられた感謝に少し照れ隠しをするように喉を鳴らした後、首を巡らせながらベッドで眠るサーバルに一瞥をくれ、助手は素っ気ないような声色で続けた。
「しかし、その語り方からして――その島の外への旅とやらは、お前一人で行くつもりですか?」
助手が言わんとすることを察したかばんの目が、少し泳いだ。
「あ……えっと――サーバルちゃん、は……」
それまで控えめながらも真っ直ぐに意思を語っていたかばんが言い淀むのを見て、助手は眉を顰める。
「……ついてきて欲しい、とも……思っています。でも――」
だんだんと声が小さく、不明瞭になる。
「何が待っているかわからない島の外にまでボクの都合で連れ出して、今回のように危険な目にあわせてしまったらと思うと……」
「……」
「サーバルちゃんの縄張りはさばんなちほーですし、あまり縄張りから離れすぎるのも良くないって聞きましたし、本人も気持ちも――」
もごもごと、先ほどまでとうって変わって煮え切らない思いを溢し続けるかばん。
初めは黙って聞いていた助手は咳払いを挟むと、無理矢理話を方向転換した。
「まあ、そのあたりは後日しっかり決断すれば良いとして。お前が決めたことならば、私も口を挟むつもりも引き留めるつもりもないのですよ。料理が食べられなくなるのは些か残念ですが、ヒグマあたりの火が平気なフレンズにでも作らせます。海で見つけたという【ふね】とやらでどこへでも行くと良いのです」
『――ソノコトダケド、カバン』
その時、紅い石と同じ机の上で静かに光を放っていたボスが話に割り込んできた。
『残念ナ報告ダヨ。日ノ出港ニアッタアノ船ハ、セルリアンニ攻撃サレテ航行不能――沈メラレテシマッタミタイダネ』
「え――」
目を丸めて固まるかばんに対し、ボスは淡々と報告を続ける。
『島カラフレンズガ脱出スルノヲ阻止シヨウトシタ、アノセルリアンノ指示ダロウネ』
「そ、そうなんですね……」
堂々と島の外へ出ると語った後に飛び込んできた寝耳に水な情報に、あー…と声を漏らして頬を掻くかばん。
宙ぶらりんになってしまった思いをどうすることもできず、困ったような笑みを浮かべて助手を振り返った。
「――……というわけなので、しばらくはお休みして、体調が戻ったら被害があったところのお手伝いをしに回りたいと思います。ボクと似たセルリアンのせいでこうなってしまったからには、やっぱり他人事にできないですし……船があってもなくてもそれだけはしたかったので」
盛大に溜息をつき、助手は机の上のボスに顔を近づけ、ジトッと睨み付けた。
「空気を読めなのです。そういうのは今伝えるべきではないのですよ」
『ア、アワワ……』
「ラ、ラッキーさんは悪くないですよ!大事なことを報告してくださっただけですから!そ、それに、あの船の他にも海の向こうへ行く方法は探せば見つかるかもしれませんし!」
かばんが慌ててボスをフォローする。
とりあえず、と顔を上げ、助手はもう一度そんな彼女を見やった。
「話が長くなってしまいましたね。疲れているのに、結局最後まで付き合わせて悪かったのです」
「――いえ。なんだかボクも、自分がこれからどうしたいかとか……いろいろハッキリできて気持ちが落ち着きました」
木杖を再び手にして助手はゆっくりと椅子を立った。
「他の皆の様子を見てくるのです。……眠れそうですか?」
「大丈夫です。ありがとうございました」
何も言わず微笑んだ助手が部屋を出るのを見送り、かばんは小さく欠伸をした後、再びベッドに身を預けて布団に包まった。
【番外編公開予定】「けもの」の本能 大上 @k-mono_o-kami
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