対 アリツカゲラ①

ロッジに入って目に飛び込んできたのは、椅子や置物が散乱した荒れ放題のロビーと、疲れ果てたようにうなだれている、ひっかき傷だらけのキリンだった。

血が流れているほど深い傷も、いくつかあった。


「…はぁー……あっ!かばん!サーバル!」

「助けを呼びに行くつもりだったけど、ちょうどよく戻ってきてくれたよ。しかも、ハンターさんまで一緒だ」

「ごめんなさい…私はあまり、力になれそうにありません」


顔色の悪いキンシコウは、未だに血が止まらない額の傷を手で押さえつつ弱々しくそう言葉を漏らす。

いくら体が頑丈なフレンズとはいえ、さすがにこの状態でこれ以上は行動させられない、とかばんも思い、そばにあったソファに座って休むよう促した。


「ひっ…どうしたのそれ…」

「ちょっといろいろあってね…。キリンもそのけが…もしかしてアリツカゲラのせいで…?」


心配と悲しみがありありと伝わる表情でたずねるサーバルに、キリンは苦笑いを返した。


「さっきの嵐の時、アリツカゲラさんロッジの外に出てたのよ。で、あれが収まったあと普通に帰ってきたから、大丈夫だったか聞こうとしたら、急に暴れ出して」


頬を伝う血を指で拭い、キリンは続ける。


「逮捕しようと羽交い締めにしたの。そしたら、ものすごい勢いで抵抗されたのよ。そりゃ、乱暴にしたわたしも悪かったけど…まさか野生解放までするとは思わなかったわ」


あの穏やかなアリツカゲラが本当にそんなことをしたのか、全く想像ができないかばんとサーバル。


「こんなミステリーは初めてだね。でも…今後のネタにしたいとは思えないな」


前はあれほど冗談を言ってみんなをかき回していたタイリクオオカミが、嘘の一つもつかずに真剣な表情で呟いた。

キリンやタイリクオオカミの言葉を黙って聞いていたかばんは、先ほど見たヒグマの様子を思い返しながらたずねる。


「アリツカゲラさんは、向こうから積極的に攻撃をしてきますか?それともただがむしゃらに動いているだけとか…」


オッドアイの瞳が、キリンの姿をちらりと見た後もう一度かばんを見る。


「…どちらかといえば、がむしゃら感が強い、かな。キリンや私が近付くと、怯えたような顔をして、暴れ方が増すんだ」


拳を口に当て、少し考えるかばん。と、そこへ…


「いやー全然つかまえられないよー」

「追い詰めたと思ったら頭の上を飛んで逃げられてしまうのだー!どうすればいいのだ!」


そんな声が。緊張感があまり感じられないのんびりした声と、やけに甲高い声がして、かばんたちはその方を振り返った。


「おや?お客さんが増えたねー」

「ラッキーなのだ!みんなで協力してアリツカゲラをつかまえてもらうのだ――って…」


廊下から現れた二人組。サーバルに負けないぐらい大きな耳を持ったフレンズと、しましま尻尾とつり目が特徴的なフレンズ。

後者の方が、かばんの姿を見るやいなや、大げさと言えるぐらいのリアクションで驚いてみせた。


「あーーーーっ!!見つけたのだーー!!帽子泥棒なのだーーー!!」


自分を指さして大声で叫ぶフレンズに、かばんは驚く暇もなく取り押さえられてしまう。


「え、え、えええ?!?た、食べないでくださ…!」

「これは返してもらうのだー!」

「ちょっとアライさーん…。今はそれどころじゃないと思うよー」


かばんから帽子を取り上げたアライさん――アライグマは、持っていた赤い羽根を帽子に取り付けながら、自分を制するフレンズを憤って振り返った。


「フェネックは誰の味方なのだ!アライさんは、この帽子のためにここまでやって来たのだ!」

「いやぁそうだけどさー」


床に倒されたかばんに手を貸すサーバルとタイリクオオカミ。


「かばんちゃん、大丈夫?」

「おいおいなんなんだ?手伝ってくれていたのはありがたいけど、こんな時に争いの種を増やすのはやめてほしいな。かばんはアリツさんを落ち着かせる方法を考えようとしてくれているのに――」

「かばんさんがここにいるのか!?」


タイリクオオカミの声を遮って、アライグマはきょろきょろとあたりを見回した。


「だから、この子がかばんちゃんだよ!」

「そんなはずないのだ!かばんさんはえらいひとなのだ!帽子をぬすむような泥棒じゃないのだー!」

「そうだよ!だからその帽子は、かばんちゃんのものなんだって!」

「あっちょ、ちょっと待って!」


珍しく怒りかけているサーバルの腕を引き、かばんは言い争いを中断させる。


「ボクの帽子のことは、後回しで良いよ。それより、アリツカゲラさんの方が心配だし…今はそっちのことを考えよう」

「うぅ…そっか…ごめんね、かばんちゃん…」


大きな耳を少し垂れ下がらせ、サーバルは素直に引き下がった。タイリクオオカミが頷く。


「とにかく今は、アリツさんが暴れるのを止めたい。この閉鎖空間のロッジの中で、物や壁にぶつかるのも気にとめずに飛び回っているんだ。このままだと、自分で自分を壊してしまいそうだ」


かばんもこくりと頷くと、アライグマとフェネックを振り返る。

かばんの真剣な表情に、アライグマは少しびくっと肩をふるわせた。


「なっ…なんなのだ。そんな顔で見られても、帽子は返さないのだ」

「えっとフェネックさんと…アライ、さん…?」

「アライグマのアライさんなのだ!」


帽子をしっかり両手に抱きしめかばんから隠しつつも、返事は返してくれるアライグマに、かばんは柔らかく笑う。


「――アライグマさん、帽子はあなたにお預けします。だから協力してもらえませんか?フェネックさんもお願いします」

「いいよーわたしは元からお手伝いするつもりだったからねぇ」

「ふぇっ!?フェネックがお手伝いするならアライさんもするのだ!」


ありがとうございます、と礼を述べると、かばんは気を引き締めるように背中の鞄を背負い直した。


「キンシコウさんとキリンさんはしばらく休んでいてください。リカオンさんは二人の付き添いをお願いします。オオカミさん、サーバルちゃん、手伝ってくれますか?」

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