第38話 強い味方?に救われた!
3日しか東京での生活に耐えることができなかったクリスに次いで、今度はトロイの母、ミセス・トンプソンが、トロイより15歳下のもう一人の弟、ルークを連れて来日した。ミセス・トンプソンも初孫の顔を一日も早く見たかったのであろう。真奈美は、アメリカからの家族の訪問は、日本での生活に疲れ果てていたトロイのためにとてもいいことだと判断した。
ジュリアンと自分は留守番をするから、アメリカ人親子3人で外で好きなものでも食べていらっしゃいと勧めた。ストレスの溜まっていたトロイに思う存分英語が話せるチャンスを与えてやろうと考えていたのだ。
ところが、真奈美の意に反して、なぜかトロイは真奈美も一緒に加わることを主張して譲らなかった。そこで、真奈美の両親にマンションにまで来てもらってジュリアンの世話をしてもらうこととあいなった。かくして、街のレストランにアメリカからのゲストと共に出かけて行った。
ジュリアンを預けて外へ出たのは初めてだった。ちょっと気になった真奈美は、マンションまで電話を入れてみた。ところが、驚いたことに誰も電話に出ない。真奈美の両親とジュリアンがいる筈のマンションの電話は鳴り続けるだけだった。年老いた両親が勝手の分からないマンションで何か困った事になっているのではないかと不安になってきた。
その不安をトロイに伝えたのは大間違いだった。彼はもういても立ってもいられないというふうに、真奈美以上に心配をし始めた。異常なほどに興奮し出したトロイを見て真奈美は付け加えた。
「きっと大丈夫よ」しかし、もう手遅れだった。トロイは狂ったように自分でマンションに電話をし始めた。
そんなわけで、全員食事もそこそこにマンションまで逆行した。帰ってみると、父、母、ジュリアンの三人は、何事もなかった様にちゃんと居間に座っているではないか。
「あれ?何で電話に出なかったの?」と尋ねる真奈美に父がのんびりと答えた。
「しばらくジュリアンをお父さんの家の方に連れて行っていたのだよ」
真奈美の家族だけなら「なーんだ」と笑ってそれで終りとなるところだった。だから、真奈美はやれやれこれで一安心とトロイの方を振り向いた。
するとどうだろう。真奈美の後ろで仁王立ちになったトロイが怒りの表情で真奈美の父と母を睨みつけているではないか。真奈美はとっさに思った。
「ここでトロイの側に立たないと後で大変なことになる。」それは何年も彼と住むことで覚えた真奈美の防御策だった。すぐさま自分の両親に助けを求めた。
「もうトロイが心配して大変だったんだから」そういう真奈美に父が応えた。
「自分の孫に危害を与えるようなことを我々がするわけがないじゃないか?」
「まぁ、それもそうだね。ねぇ、トロイ?」
真奈美が再びトロイの方に目をやると、彼は怒りの表情をもう一度真奈美の両親に向けるやいなや、何も言わずにベッドルームへと消えて行った。
その態度に驚いたのは父と母だった。
「なんだあの態度は?」
「ジュリアンを見ててくれて有難うぐらい言ったらどうなんだ。」
真奈美は父の言うことがもっともだと思った。
「やはり、トロイはちょっとおかしい。」そう感じるのは自分だけじゃないことがこれで判明した。
トロイが間違っていて自分が正しいなのか、それとも、トロイが正しくて自分が間違っているのか、それさえ分からなくなっていた真奈美は、急にホッとした気持ちになった。自分に間違いがなかったことを確認した後には、突然の勇気が湧いてきた。真奈美はベッドルームへ行って、ムッツリとしているトロイに向かって、真奈美の両親に謝るべきだと言ってのけた。
トロイは最初、
「あんなに人に心配をかけた人達に謝る必要などない」
と頑張っていた。
しかし、今回ばかりは真奈美も負けてはいなかった。なにしろ、この件に関しては、自分の両親という強い味方がその場にいたのだから・・・。
「いくら心配をかけたといっても、義理の親にあんな失礼な態度をしたことは謝るべきだわ」
真奈美の両親が隣の部屋で彼らの口論を聞いていた。
さすがのトロイも、今回ばかりは勝ち目がないと判断したようだった。真奈美に言われた通りに、隣の部屋まで行って素直に謝った。真奈美が様子を見に行くと、父がトロイと仲直りの握手をしていた。真奈美の両親のお陰で、その日は、トロイに一方的に押しやられることなく済み、大変すがすがしい気持ちになることができたのだった。
しかし、このことで真奈美の父の親としての心配はつのったようだった。その日の父の日記はそれを語っていた。
「あの二人の結婚が本当に正解だったのかどうかは棺おけに入るまで分からないかもしれない。しかし、二人の将来に一抹の危惧と不安を抱いている。これが単なる杞憂いであることを私は願う」
真奈美とトロイの関係の変化について、何も知らなかった筈の父と母。真奈美が意地を押し通して幸せを装っていたため、無理が形を変えて表に出ていたようだ。その頃の父の日記にはそれを窺わせるような文もあった。
「事ここに到って、親がどう反対したとしても、娘はgoing my wayということは必定である。だとすれば、二人に暖かい態度で対処してやるより他はないのではないか。真奈美にしても、将来泣く時があるかも知れぬと思う。特に異郷でそうなった時の事を想像すると断腸の思いがする。しかし、それにしても自ら選んだ道である。私は、もういらざることを考えないことにした。その方が気が楽である。」
To be continued...
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