第6話 日本の美徳、反省心

学校でも会社でも、何かと言うと「反省会」なるものを設けるのが日本人。しかし、日本人がよく口にする「反省」という言葉は、日本独特のものらしい。


 大学のキャンパスで出逢った米人学生、トロイに対する真奈美の感情はというと、なんとその日本人独特の「反省精神」から始まっていた。


 トロイは色白でちょっと女性っぽい可愛い顔をしていたが、どことなく暗い影が差している人だった。ベトナム戦争の最中、いつもタバコを吸いながら激しく反戦論を交わしていたが、真奈美はもっぱら、

「なんと暗い人だろう」と敬遠していたのだった。


 彼を可愛いと言う他の日本人の女の子もいた。

「ねぇ、ねぇ、ちょっとあの彼、可愛いよ。声かけてみようよ」

 それに対し、真奈美はいつも、

「いやー、暗い人には興味がないよ」と断っていた。

         

 ところが、そんなある日、もうすぐシアトルを去るという日本人留学生を対象とした「さよならパーティー」が他の留学生たちの手によって開かれた。そこにあの暗いと思っていたトロイまでが来ていたので、真奈美はまずそのこと自体にびっくりした。


 次にびっくりしたのは、何事にも白け切った感じで皮肉に満ちていたトロイが、

「ハーイ、マナミ!」と真奈美の名前を覚えていたことだった。


 二人はそれをきっかけに話を始め、トロイがまず真奈美の父のことを聞いてきた。それで、そのお返しに真奈美も彼の父親のことを聞いてみた。


 その瞬間、

「僕はついこの間父を肺癌で亡くしたばかりだ!」

 と苦々しく吐き捨てるように言った彼の言葉が真奈美の頭をガーンと真正面から殴りつけた。


「あー、あの暗さは、父親を失くしたことから来ていたのだ。私はなんという馬鹿者か!そんなことも知らずにただ彼を暗い人と決めつけてしまっていたなんて・・・」

という反省がそこから始まった。 


 それ以来、他の人が彼の暗さを指摘する度に、真奈美は、

「トロイはお父さんを失くしたばかりの可哀相な人なんだ。私が守ってあげなくては」といつの間にか彼の弁護人と成りかわっていた。


同情心と恋心の違いさえ分からないほど、その頃の真奈美はまだまだ若く未熟だった。


 まだまだ英会話にもたもたしていたその頃の真奈美、

「もっと英語が上手になりたいよ。何でもいいから何か話をしてよ」と何気なくトロイに頼んだことがあった。彼は優しく、

「いいよ。何について話したいの?」と尋ねた。


「さぁ、何がいいかな?」改まって考え出すと、急に話のタネが見つからなくなってしまった。散々考え抜いた後は、忘れっぽい真奈美、もともとなぜこんなことを言い出したのか、英語を上達させる事が目的だったことなどすっかり忘れてしまっていた。


 そんなわけで、前々から時折聞きたいと思っていたことが頭によぎり、ついそのことを口に出して言ってしまっていた。


「ねぇ、あなたの亡くなったお父様の事をお話してよ」


 するとその瞬間、優しく笑っていたトロイの顔が恐ろしい表情へと一変した。信じられないといった面持ちでこちらを覗き込んでいる。


 あまりの急変に動揺した鈍感そのものの真奈美は、

「一体どうしたというのよ?」と叫んでいた。


「君は・・・僕の父の事を英会話の練習に使うと言うのかい?」

「あー、そうだった。そこから始まっていたのだった」


 真奈美は自分の愚かさに呆れた。散々考えているうちに、なぜこんな話になったかを忘れてしまったがために、トロイの父親のことを聞いてしまったけれど、彼の父親を英会話の練習の材料として軽く扱うつもりなどは毛頭なかったことを、拙い英語で懸命に説明したが、どうしても分かってもらえなかった。

   

 真奈美はそのとき、自分の馬鹿さ加減ばかりが悔やまれて、涙が飛び散るほど興奮していた。


 トロイのこのときの怒りは、その晩だけに終わらず、その後3日ほどはずっと別人のごとくに沈んでおり、真奈美に対しては暗い恨みの目を向けるばかりだった。


 まだまだ人生経験の浅かった真奈美は、トロイの行動に少なからぬ違和感を感じつつも、自分の侵した責任の重さの方をより強く感じたまま、ただひたすら反省用語の「アイム・ソーリー」を繰り返すより他に術を知らなかった。


 あの頃、日米の若者の青春時代には夜と昼ほどの差があった。 

 アメリカはケネディ大統領暗殺、黒人暴動、ベトナム戦争激化と続き、特にベトナム戦争に関しては、兄弟を失くした人、クラスメートを失くした人と、生と死を直視させられた若者たちが苦悩していた。


 トロイもまた、自分が戦争に借り出されることになったらカナダに逃亡しようと真剣に考えていると告白していた。


 それに引き換え、「戦争を知らない世代」として日本で育った真奈美は漫画本に明け暮れて天下泰平のところがあった。のんびりと安全で平和な日本の生活にどっぷりと浸っていた彼女は、トロイの表情に暗い影を見る度に、「彼は私などよりずっと知的で大人なのだ」と単純に自分を恥じていたのだった。


To be continued...

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