第5話 親のアドバイスに従う素直な娘?
真奈美はその夏シアトルの大学において、父のくれたアドバイス通りの行動をした。同じグループに属した他の日本人留学生たちをまったく無視するというわけには行かなかったが、大学の大きなキャフェテリアで食事をするとき、これまた大きなテーブルに向かって極力一人で座るように心がけてみた。
すると面白いことに、アメリカ人、または日本以外の国から来た留学生たちが少しずつ寄ってくるようになった。確かに日本人ばかりが固まって日本語でベラベラと話しているところへ日本語の分からない人が近付いてくるわけがない。
アメリカでは学生が教授をファースト・ネームで呼ぶのも珍しくないと聞いていたが、本当だった。クラスルーム形式を崩して輪になったその中に教授も加わり、皆がそれぞれ対等に意見を述べる。
日本にいたときは、
「今発言すべきだろうか?」
「こんなことを言っても大丈夫だろうか?」
と色々気を遣うことが多く、結局発言をしそびれることがよくあった。
しかし、アメリカの大学の様に気楽な雰囲気の中ではそんな心配は無用。気が付いた頃には、いつの間にか自然に発言をしている自分がそこにいる。この自由さこそが自分の求めていたものだと、真奈美はそれこそ拳を振るって踊り出したいような新鮮さを感じていた。
70年代、アメリカではウーマンズリブが盛んだった。大学でもブラジャーを拒否する若い女子学生が多く、脇の下を剃ることさえ女性蔑視と見なし、クラスの中で手を挙げた隣席のヒッピー風の女性が脇の下にもうもうとした脇毛を生やしているのを見て、真奈美は日本では見ない光景にたまげた。 彼女たちは自由奔放で明るくあっけらかんとしていた。
大学の体育館にはサウナもあり、そこを覗くと、真っ裸のアメリカンガールたちがニコニコ顔で、
「ハーイ!」と手を振っているではないか。バスタオルで一生懸命隠そうとするシャイな日本人女子学生たちとは対照的だった。
更に、アメリカ人はとにかくよく喋る。皆が一斉に喋りたがるから、人の発言を妨げるのは失礼だからと間(ま)を待っていると、全然間(ま)がないことに気付く。
それで、あるとき皆が同時にワーワー言っているときに、真奈美はたまりかねてまるで教室でするように手を上げてしまった。
それに気付いた誰かが、
「シー、マナミが何か言いたそうだから皆黙って。シー、静かに!」
とそこにいた全員を制してくれた。それでやっと皆が口を閉じてこちらを見た。
ところが、あれだけ意見を言いたかった真奈美だったが、皆が一斉にこちらを見た途端、急に恥ずかしさがこみ上げてきて頭がカーッと熱くなって、一体何を言おうとしていたのかさえ忘れてしまい、
「I forgot.」と言ったので、皆がどっと笑ってもっと恥ずかしい思いをしたものだった。
アメリカに来て2ヶ月近くが過ぎようとしていた夏のある日、爽やかな太陽の光を浴びながら、大学の噴水のある石の囲いに座って父に手紙を書いた。
「お父さんの提案した通り、積極的に英語を話してアメリカ人の真っ只中に入り、アメリカの文化に十分に触れています。お陰で、新しい友達も沢山できました。その中の一人、トロイという同い年のデトロイトから来ている学生には、すでに友達以上の気持ちを抱き始めています。もしかしたら、それは恋をしてしまっていることなのかもしれません」
この手紙を読んだ父は、大慌てで日記に綴ったようだった。
「真奈美は何もそこまでアメリカ人を知る必要はなかった。お父さんとの約束などどうでもいい。すべて忘れてすぐにでも日本に帰って来て欲しい。学生にはいつも国際的になれと言っているが、こと自分の娘のこととなると話は別だ。偽善的であるということは十分承知だ。しかし、この気持ちだけはどうしようにも変えられない」
つい本音が出てしまっている文を父の日記の中に見つけた真奈美は思わず笑ってしまった。
To be continued...
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