第7話 アメリカ横断バス旅行

日本からの交換学生50人の夏季留学の最後を締めくくったのはグレイハウンド・バスによるアメリカ大陸を渡る旅行だった。このバス旅行では、アメリカの広大さを身を持って感じることができた。


何時間も何時間も砂漠のような地を越えていたときには、皆退屈なドライブに飽き飽きして毛布をかぶって寝ていたため、ときおり西部劇に出てくるような小さな田舎町に到着し、食事の時間だとリーダーにたたき起こされるということを繰り返していた。


「寝てばかりでまるで病院の患者みたいだ」と皆で笑ったものだった。


 あの夏、カーペンターズの「イエスタディワンスモア」が大ヒットしており、車に乗る度にラジオからは爽やかなメロディーがいつも流れていた。ワシントン州シアトル、サウスダコタ州マウント・ラッシュモアー、ニューヨーク州ロチェスターと三箇所でのホーム・ステイを経てたどり着いたのはニューヨークシティ。


 19歳の真奈美にとっては、見るものすべてが目新しかった。特にサウス・ダコタの農場でのホームステイ中には死ぬほどの思いをしたため、生きてニューヨーク・シティまで辿り着いたことだけでも奇跡だと感謝する気持ちで一杯だった。


 忘れもしないサウス・ダコタ。

 同じ19歳のアメリカ娘がいる家庭ならちょうど良いであろうとは留学斡旋会社側の配慮だったが、ちょっとぐれた感じの友達を加えた二人のブロンド娘の考えていたことはただ一つ。ホームステイに来た二人のシャイな日本人の女の子たちをからかうだけからかってやろうという魂胆だけだった。


 一方の手にはタバコの乱暴な片手運転で山中まで連れて行かれたかと思いきや、なんと次は赤土に囲まれた絶壁まで辿り着いていた。


 そこで、彼女たちのボーイフレンドが何人か待っており、まずはそのボーイフレンドたちが絶壁からジーンズのままジャンプし始めた。その後を彼女たちも同じ様にジャンプ。その下にあった滝に白い水泡を立てて飲まれ、消えて行った。彼らはすでにこの珍芸を何度も経験していたのだろう。なんのためらいもなくやってのけていた。かなりの深さがあったようでなかなか水面に上がって来ない。どうなったのだろうと真奈美たち二人が心配になった頃、やっと全員の頭がポックリポックリと次々に浮かび始めた。


 やれやれと思いきや、今度は全員で声を合わせ、二人の日本人に向かって、

「早く飛び込め」と催促の手招きをしているではないか!


 その後、「チキン、チキン!」の大合唱が始まった。


 隣につっ立っていた痩せて色白のさおりは真奈美に聞いてきた。

「ねぇ、なんでここでチキンが出てくるの?」

「チキンは英語で憶病者の意味なのよ」


 そんなことよりも、泳ぎのあまり得意でない真奈美は、

「さおりも私と同様のチキンであってくれ!お願いだ!」と必死で祈っていた。もし、彼女まで飛び込んでしまったら最後、真奈美にはもう選択の余地はないと覚悟していたからだ。


 脳裏には地元の新聞の見出し、

「日本からの留学生、溺れ死ぬ」がちらついていた。


「いや、こんなところで死んでは親に申し訳ない。なんとしてでも息を長く止めて浮き上がって来てみせるぞ」

 真奈美はそんなことまで考え始めていたものだから、心臓はドッキン、ドッキンと喉から飛び出しそうなほどに高鳴っていた。


 幸運にも、もう一人のチキンもあまり泳ぎが得意でなかったとみえて、真奈美と一緒に絶壁にしがみついたままだった。日本人二人の顔はかなり引きつっていたのだろう。ワイルドなサウス・ダコタのグループもやっとお慈悲で諦めてくれた。本当に死なすところまで行ってしまってはまずいと思ったのだろう。


ただ、最後に全員一斉に、

「チッキン!」と高らかに締めくくって優越感に浸ることを忘れはしなかった。 


 再び乱暴な片手運転をして家に返してくれたので、

「やれやれ」と思いきや、ワイルド・ガールズ、今度は、

「スキニー・ディッピングを知っているか?」と聞いてきた。


 知らないと言うと、真っ裸になって湖に飛び込むことだと言う。それも夜遅くの真っ暗な湖に・・・。

 

 もうそんな調子で続いた5日間は、「地獄の5日間」と呼んでも言い過ぎではないほどのものだった。真奈美とさおりがなんとか死なずにサウス・ダコタを後にできたことは正に奇跡だった。


 もちろん、日本の親たちは我々がそんな危険な面に遭っていたとは夢にも思っていなかったわけだ。


 絶壁にしがみついていた真奈美の惨めな姿を父が見ていたら、卒倒しそうなほど驚いたことだろう。何も知らなかったことは幸いだった。


 その頃の父の日記には、

「今頃、真奈美はアメリカで楽しい日々を過ごしているだろう」とだけ書かれていた。 

 

To be continued...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る