第8話 飛行機の出発を遅らせてしまった真奈美
アメリカ横断旅行最後の夜は、豪華にロックフェラー・センターを貸し切っての大パーティー。真奈美とトロイは毎晩の様に電話で話をしていたが、最後、JFKエアーポートから便が出発する前にもう一度だけ真奈美の方からトロイに電話を入れるとの約束をしてしまっていた。
ところが、空港までのマンハッタンの道がとても混んでおり、バスは飛行機の出発時間すれすれに空港に滑り込んだ。グループ・リーダーもハラハラとしており、バスの中から全員に向かって、
「バスを降りたら、無駄な時間を取っている暇はない。極力早くゲートに行くように」と声をかけていた。
超真面目タイプで通っていたリーダー、その額にはうっすらと汗が滲み出ていた。
そんな緊張したムードの中で、これまたくそ真面目な真奈美の脳裏にあったことはただ一つ。何がなんでも、必ずトロイに電話を入れてから飛行機に乗る。
「アメリカ人との約束を守らないのは日本人として恥である」
と、まるで日本を代表してでもいるかの如くの意気込みだった。
まだ携帯電話などという便利なものがない時代だっただけに、真奈美の目は公衆電話を追っていた。ほんの1分でもトロイと話をして彼との約束を守らなければ・・・。
リーダーを始めとして皆がゲートに向かって走っている中を、真奈美だけ公衆電話目掛けてまったく反対の方向へと走っていた。
あせる指でナンバーを押しながら、高鳴る心臓の音と電話のベルの音の協奏曲をナーバスに聞いていた真奈美。ついに受話器の向こうにトロイの声が聞こえたときには、またしても日本人独特の反省精神が躍り出ていた。
自分のせいでもなかったのに、まず真奈美の口から出て来た言葉は、相も変わらぬ反省用語の「アイム・ソーリー」だった。
時間がないことを説明して手短に「さようなら」だけを言うつもりだったのが、トロイの怒った声にその思いはかき消されてしまった。
「こんなに長く人を待たせておいてソーリーだけで済むと思っているのか」とかなり激しい口調だった。
遅れた理由を説明する前に「ソーリー」を行ってしまったことは大間違いだった。何を言っても言い訳のように聞こえてしまう。そうは思っても、もう後の祭り。
知っている英語の単語を全て使いながら精一杯の言い訳を続ける真奈美。その説明に関係なく怒り続けるトロイ。飛行機の時間を気にしながらトロイの怒りをどう抑えるかと苦闘する真奈美。
もう泣きたい気持ちで一杯のその瞬間、突然背中に、
「リーダー、いました!」と大声で叫ぶ声。
それは留学仲間の一人の山下君。彼の声を聞いたリーダー、責任と心配で赤くなった顔で真奈美を目掛けて走り寄った。
「何をしているんだ!君のお陰で5百人もの乗客を乗せた飛行機の出発が遅れているんだぞ!」こちらもまた激しい怒りに燃えていた。
ことの重大さを悟った真奈美は、まだなんだかんだと文句を言いながら怒っているトロイには、
「もう行かなくては飛行機が出てしまう!」と会話の途中で電話を切り、リーダーの後を追いながらゲートまで全速力。
迷惑そうな顔をしたエアーラインの人たちが真奈美の方をジロリっと睨みつけた。ここでも「ソーリー」「ソーリー」を何回も連発して謝りつつ機内へ。通路を通って行く真奈美を乗客一人一人が、
「この小娘のお陰で、飛行機が遅れたのか」とこちらを見ているようで、これほど恥ずかしいことはなかった。まさに顔から火が出る思いとはこのことだった。
やっと自分の席までたどり着いて飛行機が地上を離れた瞬間、ほっとしたと同時に、真奈美の脳裏には、
「なぜトロイにあんなに怒られなければならなかったのか?」という疑問が浮かんだ。
しかし、そのときもまた、トロイの暗い怒りの原因は、きっと父親を失くした悲しみによるものに違いないといういつもながらの結論に達し、
「両親共に健在な自分などに何が分かると言うのだ。悲しみで一時的におかしくなっているトロイを理解してあげるのが友としての私の役目ではないのか」と自分に食って掛かっていた真奈美だった。
To be continued...
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