第14話 異なる結婚観
日本を去る数ヶ月前、真奈美は群馬東京近辺に実家のある友人の洋子を、もう一人共通の友人、美佐子と共に訪ねていた。
近々見知らぬデトロイトという新世界に住み移ることに興奮していた真奈美は、夜、彼女たちと枕を並べた寝床の中でそのことについて夢中で話し込んでいた。
いかに自分はバックグラウンドも性格も異なっているトロイという人間を心より愛しており、うまくやっていける自信があるかなどなど・・・。
ところが、熱気で興奮している真奈美とは裏腹に、何事にもクールな性格の洋子は首を横に振りながら言った。
「真奈美はもうラブラブなんだから・・・。愛のために結婚するなんて言っているけれど、結婚なんてそんな夢のように甘いものではないよ」
洋子の言葉に驚いた真奈美は切り返した。
「じゃあ、そういう洋子にとっての結婚とはどんなものなの?」
洋子は言った。
「私にとっての結婚は生活のための安定を得るためのものよ」
「えー?つまり、お金のために結婚するということ?」
目を丸くして驚いている真奈美に、あくまでも冷静な洋子は続けた。
「端的に言えば、まぁ、そういうことなのかなー?」
「それ、本気で言っているの?ということは、愛していない人でもお金を沢山持っている人だったら、その人と結婚するっていうこと?」
「そりゃ、愛している人がお金も沢山持っていればそれに越したことはないけれど、そうじゃない場合は、どっちを選ぶかと聞かれれば、やっぱり生活の安定の方を選ぶよねー」
「えー?それじゃ、売春婦と変わりないんじゃない?そんな恥知らずな!」
「ちょっと、売春婦とは何よ?美佐子、助けてよ。真奈美はラブラブであまりにもナイーブなんだもの」と洋子は美佐子の方を向いた。
洋子よりは情熱家の美佐子だったが、現実的でもあった彼女はそのとき洋子側に付いた。
「真奈美、第一、そのトロイっていう米人のことをどこまで知っていると言うの?愛しているって言うけれど、まだ学生で一文無しなんでしょ?アメリカでどうやって生活をしていくと言うのよ?」
「私も働くよ。二人で働けば、お金なんてなんとでもなるよ。それよりもっと大事なことは愛があるかどうかということの方でないの?二人ともお金お金って、お金があれば、愛なんか問題じゃないっていうの?」
真剣に愛情論を戦わしていた真奈美の気持ちに反し、友人二人は顔を見合わせて笑った。
「真奈美はもうまだ子供なんだから。結婚なんてそんな甘いもんじゃないって・・・」
二人の笑い声と「子供」という言葉を聞いた真奈美は、さっと寝床から起き上がって洋服に着替え始めた。
「真奈美、何をしているの?今から東京に帰るというの?最終列車までもうあまり時間もないのよ!」
洋子の家族もスーツケースを引っ張って玄関まで走って行った真奈美を見て引き止めようとした。
しかし、その晩の真奈美は二人の友人のあまりにも冷めた人生観を許すことができなかった。駅まで全速力で走って行って最終列車に飛び乗った。
「お金のための結婚なんて自分は何があってもお断りだ。私はアメリカ人であろうと、学生で一文無しであろうと、絶対に愛する人と結婚するんだ!デトロイトでもどこへでも行って、きっと幸せになってみせる!」
深夜遅くの列車内はガラガラに空いており、車内のひんやりと固まった空気は、何事もなかった様に興奮で熱を持った真奈美の頬をクールに包み込んでいた。
予定より早く、しかも朝早く家に戻って来た真奈美を見て、まず母がびっくりした。真奈美は母に冷めた友人たちの一件を口早に述べた。
親の反対を押し切って父と駆け落ちをした情熱的な母は、あまり驚きもせずに言った。
「金のための結婚なんて・・・、あんたの言う通り汚らわしいよ。真奈美、愛するトロイのところへお行き。愛のためにする結婚なら後悔はないはずだよ。
この間うちの近所の人にも、娘を外人のところへ嫁に出すなんて信じられない。娘を愛していないのか?と、そこまで言われたよ。中には、外人なんかの所へ嫁いで行ったら、きっと離婚して出戻りしてくるよ。見ていてご覧なんて楽しみに待っているような人もいるんだよ。
最初はお母さんもトロイと喧嘩をしたりしたけれど、今では息子のようなものだよ。彼と二人で頑張って幸せになっておいで。お父さんのことはお母さんが面倒みるから心配ないよ」
「お母さん、有難う!」
このときの母の言葉ほど真奈美を勇気付けたものはなかった。
そして、真奈美は何があってもきっと幸せになってみせると心に誓ったものだった。
あのときの懐かしい洋子も今はもうこの世にいない。
真奈美の渡米後、生活のために実行した結婚相手と一緒に洋子もまた渡米したが、離婚、不倫同棲、更なる不倫を繰り返し、ある会社社長の妾になることでかなりの財産を残したまま、数年前癌で倒れていった。
死ぬ前に洋子は真奈美に電話をして、本音を洩らした。
「確かに私はお金では困らない身分となったけれど、それだけではやっぱり足りなかったよ。自分の思い通りに生き続けた真奈美の方が幸せ者だよ。」
これは、真奈美が亡き父に聞いて欲しかった言葉だった。
To be continued...
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