第62話 破られた約束
真奈美とトロイは、一つの約束をしていた。
その当時13歳だったジュリアンには両親の離婚の理由をこと詳しく説明するにはまだ年齢的に早すぎる。真奈美は、自分の両親に関して父親にもう一つの家族がいたことを全く知らずに育ったことを心より感謝していただけに、せめて子供が成人するまでは離婚の理由を深く知らない方が子供の性格形成のためにもずっと良いということを身に染みて感じていた。
それだけに、トロイにも念を押して言った。
「性格的にうまく合わなかったと言えば、それだけで十分だからね」
トロイも同意してくれた。
「マナミの言う通りだ。子供に細かく説明する必要はない」
ところが、何を思ったのかトロイはその約束のすぐ翌日、ジュリアンに向かって、
「ママは別の男性が好きになって、パパとお前を捨てて出て行ったのだよ」とだけ伝えた。驚いたジュリアンがすぐ真奈美に電話を入れてきた。
「ママ、それは本当なの?」
「別の男性を好きになったからパパとお別れするべきであるという部分は本当だけれど、あなたを捨てるわけがないでしょ」と、それだけかろうじて言った。
すると、なんとジュリアンは憎々しい声で、
"You, Bitch(雌犬め)"とだけ言って電話を切った。
トロイの親戚に何を言われようと耐え抜いて、涙一つ流さなかった真奈美だったが、ジュリアンに罵倒された時には切り詰めていた力が抜けて、床に膝まづいて大声で泣いた。何時間も泣き続けた。
その時初めて、真奈美は、外国で全くの一人きりになってしまったことを全身で感じていた。と同時に、我が娘の将来がとても難しいものになって行くのをジリジリと悟っていた。
何時間と泣いていたことだろうか?涙が枯れ果てた頃、真奈美は再び自分に言って聞かせた。
「真奈美、負けるな。離婚がどんなに辛いものか覚悟していたではないか。強くなれ!」
しかし、精神的な打撃はすぐに肉体を襲って来る。胃がチクチクと痛み出し、頭痛で頭が割れそうに痛くなって来る日が何日も続いた。
ジュリアンの養育権のこと、家のこと、お金のこと、全てを裁判で長期に渡って戦うこともできた。しかし、真奈美はいくら裁判で少しばかり有利な結果を得たとしても、それですっかり体を壊してしまっては、そのお金も医療費として消えてしまうだけだと判断した。
1時間100ドルの弁護士はどうかと言うと、凄みのあったのは顔だけで、肝心の法廷ではすっかり緊張であがってしまっていたようだった。
言葉をとちった上に、裁判官の前で真奈美のことを「ミセス・トンプソン」と呼ぶ代わりに、なんと「マイワイフ」となどと言ってしまい、まるでいかにも真奈美と彼が不倫でもしているかのように聞こえるようなミスを犯してくれたのには苦笑する他なかった。
少なく見積もりされていた金額だけを正し、その後は体の限界が見えたところで、真奈美は自らタオルを投げた。
辛く悲しい裁判は終わった。
しかし、もうそれだけで、体の中からすべての力が抜けた気がした。やがて、なんともいえない平和な気分が心を満たしてくれた。
この醜い戦いに一緒に巻き込まれては大変と真奈美から去って行った人がいた分、常に真奈美を励まし勇気付けてくれる真の友人もいた。
To be continued...
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