第3話 関東と関西の間にあった子供時代
新聞記者だった父の仕事上、真奈美が子供の頃、真奈美の家族は転勤で引っ越すことが多かった。すぐ上の兄、文彦も真奈美も九州生まれだったが、数年名古屋に住み移り、真奈美が8歳、文彦が13歳のときから東京で暮らさなければならなくなっていた。
名古屋では山に近い田舎町でのんびりと暮らしていたため、まだまだ子供だった文彦と真奈美にとって、大都会、東京への引っ越しはかなりのショックだった。
両親はと言えば、父が神戸、母が四国の出身だったため、東京に移ってからも家の中はまるっきり関西弁丸出しのあっぱっぱー(開けっぴろげ)な家族だった。
朝から「はようせんか」と関西弁で怒られ、悪戯をするといつも、
「こりゃ、ごんたち(いたずらっ子のこと)」と呼ばれた。
東京の中でも山の手にあたるところに住んでいたため、周りはなんとなく少し気取った雰囲気があり、関西風の開けっぴろげな真奈美の家族とはちょっと違っていた。どこの家も窓を閉め切っており、隣人たちが外出するときはまずそっと外の様子を窺いながら出てくるという感じだった。
父の職業柄、家の中はいつも読み物で溢れていた。
節約家の母は、読み終わった雑誌をそのまま捨てるのはもったいないと、わざわざそれらの雑誌を抱えてご近所の人に聞いて廻ったものだった。
「宜しかったら読みませんか?」と尋ねて誤解され、
「雑誌ぐらい買うお金はありますから、結構です!」
ぴしゃりと断られた母は、思わぬ反応に面食らうと同時に、こちらの好意を理解してもらえなかった寂しさを感じていた。
また、真奈美が小学校高学年に上がった頃には、放課後の遊び友達を一斉に失って驚いた。近所の子供たちは例外なく塾に通わされたからだった。私立の中学に入ることが目的だった。
ところが、ちょっと風変わりな真奈美の親たちに限っては、
「公立で十分。一心に勉強さえすれば、私立も公立も関係ない。塾などに行く必要はまったくない。自分で頑張って勉強すれば良い」
すべてそんな調子だった。だから、真奈美などは密かに塾に通ったり、家庭教師を持つことにあこがれていたほどだった。
大学受験のときもよそとは違っていた。友達のお母さんたちは皆特別な夜食を作って、子供たちが勉強しているときは極力音を立てないようにしていた。
ところが、真奈美の家に限っては、
「子供が勉強をするのは当たり前」と夜食など一度も出たこともなかった。
下の階でテレビの音もやかましく、親たちが漫才や落語などを聞いていようものなら、声高らかに笑う声が2階の子供部屋まで鳴り響いていた。あまりにもうるさくて勉強に集中できない時には、子供の方から、
「今勉強中だから、ちょっと漫才の音を小さくしてくれない?」とお願いしなければならないぐらいだった。
父は新聞社からそこそこの給料をもらっていたはずなのに、なぜか真奈美の家族の財政はいつもキュウキュウで、余分なものは一切買わないというムードがそこら中に漂っていた。真奈美は制服のない公立の小学校へ同じ服を毎日着て行ったことで、「制服、制服!」とからかわれた。
父の日記を読み続けるにつれて、真奈美の幼少期、家族の財政がきつかった真の理由が分かった。父は一度離婚しており、父が前妻の下に置いてきた二人の息子に対する責任感から、第二家族はできる限り節約をする生活をし、残ったお金は全て第一家族の生活費として送っていたのだった。
父の日記には、
「第二家族にはいつも父親がそばにいるが、そうでない第一家族には大変なる罪悪感を持っている。父親不在の悲しみを金銭で補えるとは決して思っていない。しかし、できる限りの送金をすることは、自分にできる最低限のことであると確信している。それを理解して、いつも送金の手続きをしてくれている妻に感謝する。」
父も母も、そういった父の複雑な過去の詳細を文彦や真奈美に知らせることは、まだ未熟だった子供の心にマイナス以外の何物も与えないことを知っていた。
だから、何も知らずに育った真奈美は、自分の母親は大変なるケチであるとずっと思っていた。
「お母さん、大変だっただろうね。ごめんね。」
父の日記のその部分を読んだ日、真奈美は亡き母の気持ちを思って涙が止まらなかった。
真奈美が中学生の頃、クラスで前の席に座った男子生徒のセーターによく犬の毛が付いているのを見た真奈美は、その子に犬を飼っているのかどうかと聞いてみた。彼が毎晩犬と一緒に寝ていると言ったので、もう羨ましくなってしまった真奈美は犬が欲しくなって、いても立ってもいられなくなった。
「犬を飼って欲しい」と父に告げると、父はこともな気に、すぐ、
「よしゃ」と言って真奈美をペットショップに連れて行ってくれた。
犬を飼うことに何と簡単に同意してくれたことかと完全なる勘違いをしていた真奈美は、大喜びで、どの犬にしようかと迷いに迷ってペットショップの犬たちを見つめていた。嬉しさで顔いっぱいの笑顔の真奈美だったが、なんとそこで父の一言。
「そうか、その犬が好きか。よし、飽きるまでその犬を眺めて、お前が満足したら家に帰ろう!」 鈍感な真奈美だったが、やっと父の真意が掴めた。
「犬を飼いたいという気持ちはペットショップで犬を眺めることで賄え」ということを、真奈美は暗黙のうちに悟らされたわけだった。
父の日記によると、
「自分が欲しいと思うものがいつも手に入るとは限らないのが人生の常だ。幼い真奈美でも、人生のそういった一面に少しでも気付いて、感情に惑わされない強い精神を育てていって欲しいと願うばかりだ」ということだそうだった。
ここでも父独特の教育法が働いていた。
To be continued...
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