第2話 言わない愛


 父の密かな願いが明らかとなった途端、真奈美はまるで狂ったかの様に来る日も来る日も父の30冊余りの日記を読みあさった。あるときはソファーの上で、あるときは暖炉の前で、まるで再び父と共に日々を過ごし始めたかのごとくに笑ったり、ときにはちょっと怒ってみたり、度々涙を流してみたりしながら・・・。 


 優しくて思いやりのあるテイトは、真奈美の父に会ったことこそすらなかったが、子供の頃、飛行機事故で実の父親を亡くしており、真奈美が父の日記の中身を語る度に、まるで自分の父親の話でも聞いているかのごとくに微笑み、それは、それは嬉しそうに、

「うん、うん」とうなずきながら聞いてくれるのだった。


 ただ、真奈美とテイトの家のペット、ベイジュと黒の二匹のチワワたちだけは、何事が起きたのかと首をかしげながら、父の日記に首を突っ込んだままの飼い主をきょとんとした表情で見つめていた。


 父には最初の結婚で恵まれた双子の女の子がいた。しかし、まだ生まれて間もなかった頃に何かの病気でその二人の女の子を同時に失ってしまっていたのだった。その後男三人に続いて最後に生まれたただ唯一の女の子であった真奈美。失った二人の女の子を偲んでか、父は最後こそは女の子であることを強く望んでいた。だから、父は女の子が生まれた喜びをその子の名に託したことが父の日記を読むことで明らかになった。


 「奈」には「豊かな実りある人生を送れますように」という意味がある。父は、親として子に対する願いを「真に実りある人生を美しく送れるように」との願いを込めて、「真奈美(まなみ)」と名付けたのだった。


 その「真奈美」が日本を去る決意をし、太平洋の彼方の地である遠いアメリカまで行ってしまい、しかも、落ち着き先は、日本人にもあまり馴染みのないデトロイトという土地。父は長年、どれほど心配且つ寂しい想いをしたことか。


「子供を引き止めるのは親のエゴだ」というのが父のいつもの口癖でもあった。


 真奈美の幸せを願う想いを基に、敢えて沈黙を保ち、大事な娘を遠くへ手放した親の苦しみを娘に見せないことがどんなものだったのか、父は自分の日記を通して、死後初めて心を開いて娘に伝えたかったのかもしれない。  


 父の日記には、生前父がけっして口に出して言うことのなかった「寂しい」という言葉がそこら中に散らばっていて、真奈美は驚愕した。


「お父さん、今はもう60に手の届こうとしている私も、なんと娘のジュリアンを遠くへ手離さなければならない羽目に陥ってしまったよ。お父さんと同じ様に『寂しい』という本音を隠して、ジュリアンには、『遠くへ行って世界を広げておいで』と言ったよ。お父さんの日記の言葉は今の私の気持ちをそのまま語っているよ。


 こうしてお父さんの日記を読んでいると、私とお父さんの共通の世界が出来上がったようで、どこにいて何をしていてもお父さんがいつもそばから、『真奈美、負けるなよ。どんなに大変なことがあっても、お父さんがついているよ』って言ってくれているみたいだよ。お父さんの日記はけっして無駄にはならなかったよ」


 そんな風に父の日記にそっと語りかけることで、真奈美は新たな平穏と勇気を得て、温かな幸せに満ちた気分に浸ることができたのだった。

 

To be continued...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る