第50話 日本人の人情に触れた長旅

 真奈美は一体幾つのグループのガイドをしたのだろうか?あまりにも多くて数えきれなくなったほどだった。日本から来る様々な人々に会って色々な話が聞ける。日本が恋しい真奈美にとってこれほど楽しい仕事はなかった。


 お世話をした人の多くが名刺を渡しながら、

「日本でうちの近くにいらした時には是非お声をかけてください」と言ってくれて、まるで日本中に友達ができたような幸せな気持ちになったものだった。


 時にはデトロイトだけではなく、バスで5時間近くかかるナイヤガラの滝まで日本からのグループのお世話をしなければならないこともあった。


 豆腐関係のグループがカナダで納豆用の大豆の栽培を視察するという目的だった。一見怖そうな顔をしたオジさんたちがただ黙ってこっちを見ていたため、真奈美は少し緊張した。


 でも、そのうちに、

「豆腐屋の女将はなぜガニ股が多いのか?床が豆腐の水で濡れていていつも足を踏ん張って立ってばかりいるからだ」なんていう愉快なジョークが耳に入った時から、真奈美も少し安心してグループの人に気を許し始めた。


 行くまでのバスの中では、面白可笑しくデトロイトの話、そして、これから訪れるナイヤガラの滝の話をした。皆、しっかりと目を見開いたまま聞いてくれた。


 しかし、一応の説明が終わった後は、真奈美も何を話して良いのか考え込んでしまった。観客を前に5時間も一人で喋りまくるのは長過ぎる。長いバス旅行中お客様が退屈しないようにするには何かしなければならない。


「そうだ!お客様にも喋らさせるようにしよう!」


 真奈美はグループがデトロイトにいた時、レストランなどでアメリカ人のウェイトレスたちと意思疎通をするのに英語の発音がうまくできなくて苦労しているのを目撃していた。そこで、提案。


「皆さん、バスの中で英語の発音のレッスンをしてみませんか?」

 提案した後になって、

「ちょっと失礼だったかな?」と心配になった真奈美。

ところが、次の瞬間、

「おお、いいアイディアだね」と誰かが率先して言ってくれて、他の人も次々と賛成してくれた。

 そこで、安心した真奈美は、まず英語のしりとりを始めてみた。


「最初の言葉はアルファベットのAから始まって、りんごのapple!appleはEで終わるから、どなたか次にEで始まる英単語を言ってみてください」

「英語のEnglish!」

「あー、いいですね。次はH ですね。」

「聞くのhear」

「おお、凄い。Rは?」

といった具合に、皆英語での「しりとり」にのって来てくれた。


「米のライス」

「え?今のは米のriceじゃなかったですよ。シラミのliceになっていましたよ。」

「もう一度riceをちゃんと発音してみてください。レストランでシラミを頼んでは困りますよ。」

 皆大笑い!


 ところが、その人は何度やってもRの発音ができなかった。

 そこで、真奈美は、

「うーと言ってみてください。その時の舌の位置のままriceを発音してみてください」と英語の教師をしていた時に習ったトリックを使ってみた。


 すると、皆声を揃えて、

「うーrice、うーrice」とバスの中で40人以上の人が声を揃えて言い出してしまったから、真奈美も可笑しくて吹き出してしまった。


「うーの部分はサイレントですよ」と付け加えなくてはならなかった。


 ところが、やっとナイヤガラに着いてレストランで何人もの人がウェイトレスに、

「パンの代わりにご飯をください」と頼むのに、真奈美の注意も忘れて、

「うーrice」と「うー」を付けたまま発音していたのだった。


 あちらの席でもこちらの席でも「うー」「うー」が鳴り響いていた。


 グループも3日ぐらい付き合うと、まるで昔からの友人のように親近感が湧いて来るものだ。


トロントの空港まで送ってサヨナラをする前に、どうしても空港の近くにあったスーパーにちょっとだけでいいから止まってくれとグループの団長が言い出して譲らなかった。


 通訳として一緒に行こうとしたら、

「お陰で英語の発音が良くなったから心配しなくても大丈夫」と笑って断られた。

 それで、仕方なくバスの運転手と待っていた。


 すると、なんとグループの皆が大きな花束を抱えてスーパーから出て来たではないか!


 その花束と一緒に、

「真奈美さん、我々の世話をしてくれて有難う!」と、これまた40人以上が声を揃えて叫んでくれたのを聞いて、真奈美の目からは思わず涙がポロっと出てしまった。

「これが日本人の人情だ!」と心の中で感じていた。


 その他にも「踊り」のグループが来て、アメリカの姉妹都市で踊るツアーにもお付き合いしたことがあった。これまた何日も一緒に過ごした後は、彼らが舞台で踊っている間、真奈美はまるで彼らの「ステージ・ママ」にでもなったようにハラハラと舞台裏で見守ったものだった。


 こうやって日本からのグループを多く世話して、懐かしき日本の人情まで味わってと、最高の思いを満喫していた真奈美だった。


To be continued...

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