第12話 長野でのハプニング
様々な勘違いに葛藤や混乱が毎日の様に続いたものだから、異文化の間に挟まれていた真奈美はくたくたに疲れ切ってしまった。
そこで、新入社員だというのに早速夏休み休暇を申請していた。さて、どこへ逃げ出そうか?
会社近くで立ち寄った旅行代理店は長野行きを盛んに勧めた。
「よし、長野に向けて出発!」
真奈美にとっても生まれて初めての長野の山々は、まるで写真で見たスイスの山のように美しかった。東京と比べると、空気もずっと新鮮だった。
会社で予期せず有名になってしまい、心身共に疲労を感じていた真奈美。会社で色々な噂をされたり干渉されたりしたことを忘れるには最高の地だと、久しぶりに晴れ晴れとした気持ちに浸っていた。トロイも超ご機嫌だった。
ところが、その清々しい気持ちはホテルのエレベーターに乗ったところで見事にかき消されてしまった。なんと、真奈美の上司、輸出部の課長がそのエレベーターに突然乗り込んで来たのだ!
「えー、嘘でしょう?!」
真奈美も驚いたが、向こうは真奈美以上にもっと驚いた様子だった。
なんということはない。会社近くの旅行代理店は長野スペシャルをやっており、入って来た人全員に長野を勧めていたわけだ。たまたま課長も同じ旅行代理店に相談をしたということが想像できた。
会社のすぐ手前の代理店に相談したのはうかつだったと後悔したところでもう後の祭り。
「ここは覚悟を決めてクールに行こう」と思った真奈美。
ニコリとして、
「いやー、課長、奇遇ですね。あ、こちらは私のフィアンセです」とトロイを紹介。
トロイも悪びれることなく握手の手を差し伸べた。開いた口がふさがらない課長は挨拶もそこそこに、突然ドアの開いたエレベーターを転がるように駆け出して行った。
案の定、真奈美とトロイが長野から戻った後会社に出勤してみると、例の課長が部の男たちを前に、長野でのハプニングを得意そうに話しているのが真奈美の耳まで聞こえてきた。
「最近の若い女の子はすごいよねー。外人とホテルに泊まって、上司であるこの私に目撃されてもケロッとした顔で、私のフィアンセです。なんてしゃあしゃあとぬかしやがる」
堪らなくなった真奈美は彼らの集まっているところへ歩いて行って、
「よく聞こえていますよ」と言わんばかりに「エヘン」と咳払いを一つした。男たちは慌てて、全員がその場から散らばって行った。
会社での真奈美の有名度は頂点に達していた。
「大人しそうな顔をしていて、実はすごい神経の持ち主で、外人と遊び回っている」などなど・・・。
かといって、噂がすぐに広まる日本の風土など何も分からないトロイを責めることもできなかった。
さて、その夏のトロイ台風も多くの波風を立てて去って行ったのだったが、真奈美に弱い父は、すっかり真奈美のペースに巻き込まれてしまっていたようだった。あの晩の「出て行け!」の一件などはまるで嘘のように、トロイを受け入れる体制に入っていた。
トロイ台風が去る前の晩の父の日記には、
「夜、トロイを中心にすき焼き。真奈美の気持ちを思うと、さぞや辛いだろうといとおしくなり、寝床では、しげしげとその寝顔を見る。その手には白金のエンゲイジ・リング。諦めるより仕方がない」
今の真奈美ならきっと、
「お父さん、もう少し反対してくれても良かったよ」と言いそうなぐらい理解があった父なのだ。
しかし、さすがにキーポイントはちゃんと押さえていた。その日の日記の結びには、
「自分で選んだ道であれば、自分の責任で運命を切り開いて行くことであろう」とあった。
To be continued...
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