第17話 ホームシック

年が明けて元旦となった矢先、とうとう真奈美はホームシックにかかってしまった。


 というのも、アメリカの元旦があまりにも味気なかったからだった。


「お父さん、お母さん、今頃日本なら家族全員で新年の挨拶を済ませ、お雑煮をすすってお節料理に舌鼓をうっている頃だろうね・・・」


 真奈美は単純に日本の正月の持つ独特の雰囲気が懐かしくなってしまった。


 ところが、デトロイトでは正月でも食事はハンバーガーとポテトフライで、なんといってもフットボール一色に染まっていた。 


 アメリカ人が子供の頃から馴染みの深かったチームの応援にかける情熱は相当なものである。特に、ミシガンのスポーツファンは熱狂的なことで全国に知れ渡っているほどであるからして、ミシガンで育たなかった者が、それに加わって同じようにミシガンのフットボールに興奮することは不可能に近かった。


 ミシガン大学とミシガン・ステイト大学は長年の強敵同士で、ミシガン大のカラーは紺に黄色、ミシガンステイト大のカラーは緑と知っているだけでは十分ではない。トロイの家族は皆ミシガン大学出身だった。だから、ミシガン大学のチームがローズボウルに出ていようものなら、もう朝から大騒ぎだった。


 緑のワンピースで下まで降りて行った真奈美を見たアメリカの家族はショックの色を見せた。


即座に、

「何でもいいから紺か黄色の物を身に付けて来い」と半分本気で命じられた。

 

 緑は強敵のミシガン・ステイトのカレッジカラーなのだ。そう言われて見渡すと、皆体のどこかにミシガン大のカラーである紺か黄色の物を付けているではないか!!!


紺のセーター、黄色い靴下、紺のエプロン。当然のことながら、強敵の緑などはどこにも見られない。


 あるアメリカのコメディ映画の中で、ミシガン大学のフットボール・チームの選手だったジェラルド・フォード元大統領が出て来たが、なんと彼が寝るときのパジャマもベッドカバーもちゃんと紺と黄色で彩られて茶化してあった。それほどミシガン大のスポーツ狂はアメリカ中でも有名だったのだ。


 かくして、ミシガン大フットボールチームが出場する正月のローズボウルの時期、皆にとっての楽しみは、真奈美にとっての苦しみとなった。


「ゴー、ブルー(ミシガンカラーの紺を指している応援の言葉)「ゴー、ミシ!(ミシはミシガンの略)」と叫び続ける家族の中で、一人ポカーンと白けてテレビの画面を漫然と睨んでいる時間ほど延々と長く感じられるものはなかった。


「あーあ、お雑煮、おせち料理、門松、凧にカルタはどこに?・・・」と深いため息ばかりが出てしまうのだった。


 しかし、父の反対を押し切って日本を出てきた真奈美。今更日本のお正月が恋しいなどと弱音を吐くことはできない。


「ホームシックのコメントは自分の心の中にしまっておこう・・・」


To be continued...


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る