第16話 誤解とフラストレーション
トロイの母親、ミセス・トンプソンは若くして未亡人となっていたが、敬虔なクリスチャンで、人間的にもそれは素晴しい女性だった。
スコットランド系アメリカ人で、教師らしくこげ茶の髪をバッサリと短く切っていた。外国から来た義理の娘となる真奈美にアメリカの生活を教えるというより、一緒に楽しみながら確認するという感じで接してくれていた。
真奈美はこの立派な女性の娘となれることを大変光栄に思い、心から尊敬の念を抱いたのだった。女二人はすぐに打ち解け、買い物に料理にと走り回り、笑い声が耐えない毎日が続いた。
真奈美は日本の親たちを安心させようと、いかにミセス・トンプソンが素晴らしい女性であるかを長々と手紙に綴って両親に送っていた。
あの頃の年若い真奈美にはまだ考えが及ばなかったのだが、日本の両親にとってはそれは嬉しい知らせであると同時に、自分たちの存在がミセス・トンプソンによってすり替えられたようなうら寂しい気持ちを引き起こすニュースであったのかもしれない・・・。
それから何年も経た後で、父の日記の中にその気持ちを表すような「寂しい」という言葉を何度も見つけた真奈美の心は痛んだ。
しかしながら、すべて外国語だけの生活は色々と誤解を受けたりイライラとしたりすることも多かった。
ある時皆で楽しく笑いながら食事をしていた際中に、生まれてすぐ父親を亡くしていたトロイの弟、4歳のルークが突然質問をした。
"Was my Dad alive at that time? (その時パパはまだ生きていたの?)"
真奈美は可愛いルークの顔ばかり見ていたから、ルークが何を言ったのかを理解するのに数秒かかってしまった。
悪いことに、それまではジョークで大笑いばかりしていたため、その勢いが手伝ってか、ルークが急に真面目な顔をしたその表情が可笑しくて、真奈美はルークが何を言ったのかなど分からないまま、ルークの顔を指さしてアーハハと大声で笑ってしまったのだった。
すると、なんと自分の質問を笑われたと思ったルークが泣き出してしまい、その瞬間、やっとルークが何を言っていたのかが理解できた真奈美だったが、時すでに遅し。
謝る真奈美に、心配するなとはミセス・トンプソンの言葉だったが、真奈美の笑いは、なんとも居心地の悪い雰囲気を醸し出してしまった。
笑われたと思ったルークが席を立ち、残った大人たちに、ルークが言ったことを笑ったのではないと必死で説明する自分がなんとも哀れで、真奈美まで泣きたくなってしまった。
アメリカ生活に慣れるまでの期間中、こうした微妙な誤解は多発した。
真奈美としてはなんだかんだと説明をしたいのに、適切な表現が見つからず、まるで作り話をしているかのごとくにアップアップする自分がなんとも情けなかった。
フラストレーションが溜まり過ぎたとき、彼女は日本の母が持たせてくれたスリッパを思いっきり壁に投げつけて解消した。可哀相なスリッパよ。
To be continued...
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