第48話 新しい自分
デトロイトに戻ってみると、知り合いの日本人が職業として持っていた通訳という真奈美にとってはまったく新しい分野の仕事まで舞い込んで来るようになった。
そんなこんなで、真奈美は努力の結果が形として出てくる仕事というもの自体に大変な魅力を感じ始めていた。
しかし、一度家に戻ると、真奈美の結婚は形を変えずに存在していた。
若くて何も分からなかった頃の真奈美は、全てを容認することで愛を確保したかのような勘違いをしていた。
それは、取りも直さず、真奈美自身に自分は十分に愛される資格のある人間であるという自信が備わっていなかったからに他ならなかった。
自分が働いて持って帰った給料のチェックさえ、
「アメリカでは夫が金の管理をするのが通常だ」というトロイの説明を鵜呑みにし、すべてそのまま手もつけずに夫に渡していた。その中から真奈美に許された小遣いは週20ドル。これはすぐに車のガソリン代として消え去った。
しかし、そんな中でも、仕事という媒体を通すことにより、日本以外の国においてさえも人々が我れを一人の人間として認めてくれているという感覚を経て、真奈美は次第に自分というものに目覚めていったのだった。
顔から性格まで父親似の真奈美は、特に成長後、父に対して親近感を抱いていた。だから、父がアメリカまで遊びに来てくれた時も、子供の頃と変わらない親しさで接するのが当たり前となっていた。
ところが、トロイに言わせると、それは“Sicky”つまり、「病的」なことと映った様だった。真奈美が父と腕を組んだり、日本式に按摩をしてあげたりする度に、この”Sicky“という言葉がしょっちゅう飛び出した。
真奈美が父とカナダのトロントまでの親子旅行をした時には、ホテルの部屋を必ず親子別々にするようにと念を押された。
これはその昔アメリカで人気のあったドクター・スポックの教えを基にした考えだそうだが、父にそのことを伝えると、
「親子が同じ部屋に寝るのに何が悪い?日本では当たり前のことだ。近親相姦などがよくある国こそが、それこそ”Sicky“だ」と父は苦々しく言ってのけた。
そんな父の強い言葉を聞いても、以前の真奈美ならトロイの支配力を恐れて2部屋取っていたであろう。
しかし、もう違う。真実がよく見えて来ていた。ホテルのフロントで、真奈美は、
「1部屋でお願いします」ときっぱり言い切っていた。
To be continued...
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