第59話 反省用語ではない「アイムソーリー」
真奈美は残してきたジュリアンのことがとても心配になってきた。ジュリアンには、母は仕事でホテルに缶詰めになっていると言ってあった。実際、仕事柄、そういう状況は度々あったため、ジュリアンもそれを抵抗なく受け入れて、友達の家に泊りがけで遊びに行っていた。
でも、もうそろそろ家に戻る頃だった。13歳とはいえ、まだまだ子供だ。行ってやらなくては。狂った状態の父親がいる家に戻るのではあまりにも可哀相だ。そう思うとジュリアンの顔を見ずにはいられなくなった。そこで、その翌日、ジュリアンに会うために一旦家に戻って、ジュリアンが泊まっていた友達の家から彼女を車でピックアップした。
真奈美の顔を見たジュリアンは嬉しそうに微笑んで、
「マミー、いつお仕事は終わるの?」と聞いてきた。
「ジュリアン、あのね、今回マミーがホテルにいるのは仕事のためじゃないの。」
敏感なジュリアンはもうその一言で全てを察したようだった。瞬く間に顔に陰りが出た。それを見て、真奈美の胸は張り裂けそうだった。
「マミーとダディはもう一緒の家に住まないことにしたの。」
それを聞いて、ジュリアンの目から大粒の涙がただ一つポツリとこぼれ落ちた。それを見た真奈美は、今の段階ではもうこれ以上の説明を13歳の子供にする必要はないと思った。真奈美はそっと娘の頭をなでてやった。
家に入ると、トロイはトロイでまるで死人の様に血の気のない顔をしていた。ほとんど何も口にしていないらしく、ひどくやつれて見えた。
「戻って来ておくれ。お願いだから戻って来ておくれ。」
トロイは泣きながらすがって来た。
「トロイ、駄目なのよ。私たちはもう別れて暮らすべきなのよ。それはあなたの将来のためにも必要なことなのよ。私はあなたを見捨てるつもりはないの。あなたは私の人生の一部なんだもの。ただ、もう夫婦でいることだけはできないの。一人の友としてならいつでもあなたのためにできることがあればしてあげるつもりよ。」
トロイは言った。
「確かに僕はいい夫であったとは言えない。いや、むしろ、とても酷い夫だった。君には分かるだろうか?僕は君が僕の様な者を愛してくれていること自体が信じられなかったのだ。だから、いつも君の愛がどこまで強いのか確かめたいという気持ちがあったのだ。僕がこれでもかこれでもかと君に酷い扱いをし続けても、君は必ず僕について来てくれた。それは君がそれほど僕を愛している証拠だと信じて、僕は嬉しかった。そして、更にもっと君の愛を確認したいという思いが止まらなくなってしまっていた。それがいかに病的なことか自分でも十分分かってはいたけれど、どうしても止めることができなかったのだ。
でも、君が家を出たことで僕は初めて目が覚めたんだ!もう今までの僕ではない。それを分かって欲しい。今カウンセリングにも通っている。お願いだ。帰ってきておくれ。」
しかし、真奈美の心は完全に冷えきっていた。もはやトロイのどんな言葉も真奈美の決意を変えるには至らなかった。真奈美はトロイを“Leave him alone・・・"そっとしておいてあげることにした。
そして、一言、
「アイムソーリー、トロイ」と言ってみた。
でも、今回に限って、真奈美の「アイムソーリー」は今までの反省用語の「ごめんなさい」ではなかった。
「同情は致しますが、私には何もできません」という「アイムソーリー」・・・。それ以外の何物でもなかった。
その瞬間、トロイの表情が変わった。
「ズル賢いジャップめ!勝手にしろ!」
To be continued...
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