第75話 別れ
生まれは神戸だったが京都で大学を出た真奈美の父は、学生時代を過ごした京都をこよなく愛していた。死ぬ前にもう一度だけ京都を見たいと願う父に連れ添って真奈美は京都を訪れた。
嵐山、大原、四条など父の思い出の沢山詰まった場所を廻り、父はそれぞれの場で立ち止まり、風景を脳裏に焼き付けるごとくにじっと見つめたままの状態で20分ほど座っていた。
そして、満足したように微笑むと、「よしゃ」と言いながらゆっくり立ち上がった。
意味のある、しかし、それは父の命の終了を告げる悲しい旅でもあった。
また、アルツハイマー患者の施設に入っていた母を最後に訪ねた父は、京都で思い出の風景の見納めをしたときと同じように、母のことを遠くからじっと30分ほど見つめた後、
「これでよし」とばかりに施設を後にした。
父は「果たして2000年を見ることができるかどうか?」とよく呟いていた。
頑張って2000年を迎える7ヶ月前に息絶えたが、死の寸前まで日記を書き続けていた。震える手で最後まで書くことを止めなかった父。もうガタガタで何を書いていたのか読み取ることが不可能なほどの文字もあった。
それでも、父は書き続けた。人に言いたくない辛いこと、言ってはいけない心配ごと、人生の悲しみや喜びをそれぞれ日記に託して。
父の日記の最終ページには、しっかりとした文字が見られた。
「漫然と生き延びることはあまり良いことではない。したがって、ここらが人生におさらばする時期だと密かに考える。また私はそれで満足である」
父宛で真奈美が文彦に送ったメールの文章、
「ジュリアンとの関係を一番に考えて、あの男性との関係を絶ち切ります」の部分だけが丁寧にプリントされて切り取られて父の日記の裏表紙に張り付けられていた。
真奈美には、
「それは良かった」と、父らしくただそれだけ述べただけだったが、真奈美の下した決断がよほど嬉しかったのだろう。特別に貼られた切り紙に、父の思いが篭っていた。
「後に残していく、真奈美とジュリアン。この二人はどうなるのだろう?そのことだけが気に掛かる」と父が日記に付け足していた文が父の最後の懸念を示しており、真奈美の胸を刺した。
To be continued...
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