第26話 ハンバーガーとお茶漬け

 真奈美とトロイが結婚をした当時は、まだまだ珍しいとされていた国際結婚、ところが、留学ブームを迎えた頃から日米間における国際結婚の数も鰻上りに増えていったようだ。あちこちの大学のキャンパスで、毛色の違った若い男女が仲睦まじく肩を寄せ合っている光景は、「世界は一つ」という気がして、とてもインターナショナルであった。


 しかし、文化の違いか、何年か後に離婚に終わってしまう国際カップルの数もまた多い。そういった離婚組みがよく漏らす言葉の一つ。


「もし、もう一度別の人と結婚するとしたら、同じ食べ物を一緒に美味しいと味わえる人がいい。」


 これはなんと実感のこもった言葉であろうかと真奈美は密かに思った。というのも、真奈美とトロイの間で、新婚当時から常に喧嘩の原因となったのも、この食べ物に関することであったからなのだ。


 学生結婚でお金のなかった二人、食費もうんと抑えなくてはならなかった。


 アメリカでは、肉よりも米やパンなどの炭水化物を主とした食事を「ホワイト・ダイエット」と呼んでいる。「ホワイト・ダイエット」は肉の買えない貧乏人の象徴でもあった。しかし、あの頃の真奈美達二人の食事は、まさにこの「ホワイト・ダイエット」そのものだった。


 ところが、もともとあまり肉好きでもなかった日本からの花嫁にとって、この「ホワイト・ダイエット」は、その「ホワイト」の部分がパンではなく米である限り、それ程目新しくも、惨めな食事でもなかった。なぜなら、日本には、この「ホワイト・ダイエット」を応用した美味しいメニューが山ほどあったからだ。


 真奈美は鼻歌交じりに、チャーハン、オムライス、お握りなど、懐かしき日本のメニューを次々と食卓に並べ、鼻歌交じりで、

「うむ、なかなかいける」などと単純に喜んでいた。


 ところが、ローストビーフ、ポークチョップ、ラムチョップ、ローストチキン、コーンビーフーなどの肉肉しい食事で育ってきたアメリカ人の夫は、真奈美のように、「なかなかいける」などとは思っていなかった。イライラとした彼の怒りは爆発した。


「なんだ、この食事は!」

「そんなに怒らなくたって、ステーキなんて買えるお金はないじゃない」と言い返す妻。

「ステーキとまでいかなくても、せめて本物の料理を食べさせろ」と嘆く夫。

「本物の料理って一体何なの?」・・・

「ハンバーガーだ!」


「あ、そうか。アメリカ人の彼にとっては、チャーハンやオムライスは本物の食事じゃなくて、美味しいのはハンバーガーなのだ」


 やっと分かった真奈美は、なんだか急におかしくなって笑ってしまった。しかし、ハンバーガーを夢見ているアメリカ人の顔に笑いは見られなかった。


 それ以来、二人の食卓に「本物の料理」が並ぶことが多くなった。脂肪の多いハンバーガー肉の他に、さらに脂肪の多いフライドポテトを足した、それが「本物の料理」のメニューだった。


 これが胸につかえた真奈美は、ふとあのあっさりとしたお茶漬けが食べたいと思った。日本食料品店など近所にまだ一つもなかった当時、あのすっぱ過ぎるアメリカのピクルスを小さく切って漬け物の代わりとし、パサパサのアメリカンライスに紅茶の熱いのをぶっかけてすすってみた。ところが、あの脂っこい食事の後で、この思い付きのお茶漬けは結構いけた。


 真奈美がそれをサラサラとすすり続けていると、突然後ろに鋭い視線を感じた。アメリカ人の夫は唖然として日本人妻の後ろに立っていた。


「なんて下品な食べ方をしているんだ!ずるずると音を立てて・・・」


 スープを音を立てないで食べる様に躾けられて育った彼には、平気でお茶付けをすする東洋人の妻が信じられなかった。そこには軽蔑のまなざしがあった。


 真奈美は慌てて、 

「あのー、日本ではね、こういうのをお茶漬けって言って、皆こうやってすすりながら食べるのよ。うるさかった?ごめんね」


「気分が悪くなるから、地下室へ行って食べてくれ・・・」


 いくら美味しい紅茶漬けもここまでけなされては。しかも、地下室からすする音が聞こえないようにとドアまでピシャンと閉められてしまっては、なんだかとても哀れな気がして来るだけで、真奈美としては、もう少しも美味しいなどと思わなくなっていた。


 当然、ラーメンを作って食べたときも、地下室直行を命じられた。


 その後、デトロイトでも日本人駐在員の数が増えるにつれて、日本食料品店も次第に何軒か現れてきた。日本にいたときには食べたいとも思わなかった代物まで、こちらでは珍しいとなると無性に食べたくなってきて、いても立ってもいられなくなることがある。


 あれほどきつく夫に言われていた真奈美だったのだが、元来忘れん坊の彼女はいつの間にかあのお茶漬けやラーメンの一件などすっかり忘れて、日本食料品店に行く度にあれもこれもと好きな物をカゴにポンポンと入れてしまっていた。


To be continued...

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