第37話 非常識な女?
アメリカならば、
「どうか私の赤ちゃんを他へ連れて行って頂戴。ちょっと一眠りしたいのです」とでも要求するところであろう。しかし、日本にいた真奈美は、なんだかそんなことを要求しては母親失格のような気がしてどうしても言えなかった。眠い目をこすりながら授乳し、ジュリアンの布団のありかを確かめ続けた。
町の病院内では、外人の夫がいるということだけでも有名?になっていた上に、妊娠中も、
「出産の不安を解消するために分娩室を見せていただけませんか?」と、アメリカでは簡単に受け入れられる質問をしたのだったが、日本ではそのようなことを頼む女性はいないのか、
「そんなことをここで言ったのはあなたが初めてですよ!」と何かとてつもなく非常識なことを言ったように驚かれた。
その上、初診で産道を診られたときも、医師は驚きの声をあげていた。
「あれー!」
「先生、どうしたのですか?」
何事かと尋ねる真奈美への返事も忘れた医師は看護婦を呼んだ。
「君、これを見たまえ。」
「ひゃー!」
二人して真奈美のプライベートな部分を覗き込みながら奇声をあげているではないか。驚いてばかりいる二人は真奈美の不安をますます駆り立てていた。まるで宇宙人のあそこでも見たように驚いている彼らに真奈美はたまりかねて聞いた。
「ちょっと済みませんけれど、一体どうしたというのですか?」
「いゃー、あなたのような狭い産道を見たのは初めてなのですよ」医師はやっとそう答えてくれた。
そんなこんなで色々と有名になっていた真奈美は、もうこれ以上目立ちたくないと思っていた。
一週間後に真奈美とジュリアンは車の音と排気ガスに包まれたマンションに戻ってきた。生まれたばかりのジュリアンにとっては、「戻ってきた」というより「やって来た」と言う方がふさわしいかもしれない。
妊娠中、ミルクがよく出るようにと乳房のマッサージをよく実行していたため、真奈美の胸はインプラントでもした女性のように腫れ上がって、後ろから見ても乳房が両脇から飛び出していて、それを見た兄の文彦は声をあげて笑った。
家に帰った真奈美がまずしたかったのは、トロイの母に電話をして、アメリカの常識を今一度確認することだった。
まずは一休みと横になっていると、運よくミセス・トンプソンからの国際電話が舞い込んできた。期待通り、ミセス・トンプソンもトロイと同じように、真奈美に起きた現象はホルモンの急激な変化によるもので、少しも恥じることではないと言って慰めてくれた。アメリカの母は「産後の憂鬱」について、自分の体験も含めて事細かに説明してくれた。
真奈美は、このときほどアメリカを近く思ったことはなかった。高い国際電話にもかかわらず、一時間以上も話し込んでしまった。しかし、そんなことを少しも気にすることなく、話したがっている義理の娘の気持ちを十分にくんでくれた義母には頭が下がる思いだった。
To be continued...
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