第30話 「ガイジン」は軽蔑用語?
日本にやってくる外人には二種類ある。「外人」と呼ばれてチヤホヤされることを喜ぶタイプとそれを嫌がるタイプ。
トロイは徹底的に後者に徹した。更に、あの「ガイジン」という言葉自体を何よりも嫌った。
あの頃はまだ大都市、東京のど真ん中においても、人々はジロジロと彼を観察していた。特に日本人の女と腕を組んで歩いているような「ガイジン」は目立った。
戦後のことを覚えている真奈美の母は、
「胸が大きく開いたシャツなどを着て、パンパン(主として、在日米軍将兵を相手にした娼婦)と間違えられると困るから、必ずちゃんとした格好をして出かけなさい」と口うるさく真奈美に注意したものだった。
日本語が少し分かるようになってきたトロイは、自分がどこへ行っても「ガイジン」と呼ばれることに気付いていた。彼は「ガイジン」ではなく、ただの個人として「トロイ」という名前で呼ばれたいと主張した。
ところが、真奈美の昔の友人でさえ、トロイのことを「友達の旦那」と呼ぶ代わりに、
「ねぇ、今うちにガイジンが来ているのよ」と、トロイが一番嫌っているところを突いてきた。
真奈美は、日本人の単なる好奇心の表れであると弁明しようとしたが、完全に気分を壊してしまっているトロイの慰みにはならなかった。
外人が日本でチヤホヤされるのを羨ましがっていた真奈美だったが、確かに、もし、アメリカにおいて、「マナミ」と名前で呼ばれる代わりに、いつも「ジャパニーズ」と呼ばれていたら頭に来るであろうと納得はできた。
ジロジロと見られる度に、「ガイジン」と呼ばれる度に、トロイの怒りは家の中で爆発していた。
しかし、真奈美は、そのことを誰にも告げなかった。実の両親にさえも言いたくなかった。あんなに反対された中で、
「大丈夫、うまくやっていける自信があります」と大きく出た手前、それを証明したいという強い意地があったからだ。
いつの間にか、
「私は幸せな結婚をしています」という虚像を創り上げることを覚え、それを毎日実行していた。
真奈美が結婚してアメリカに向かう直前、父がそっと渡してくれた文庫本があった。有名な作家による小説だった。
「この本を読んで結婚とはどういうものなのか考えてごらん。」
いつもの様に言い方こそ優しかったが、真奈美にその本から何かを読み取れと言っていることが伺われた。その本には明治時代の日本の妻が描かれていた。
散々女遊びをした夫の間違いに一言も文句を言わず、ただただ尽くし続けることによって最終的に心理上、妻の方が心の上での勝利を収めるというような内容だった。夫に尽す明治女の姿には感心させられるものがあった。
真奈美は、忠実な妻の姿自体には問題なかったのだが、夫がもっと女を買える様にと、自分が大事にしていた着物まで売り払ってお金を作り、夫に渡していた妻の行為だけはどうしてもいただけなかった。
父は「夫一筋で行け」ということを強調したかっただけなのだろうが、その例はあまりにも極端過ぎた。ただ、そんな明治女の姿を馬鹿馬鹿しいと思う反面、立派だと思う気持ちも全くないわけではなかったから複雑だった・・・。
そんな真奈美も、結果的には、それから何年も夫に尽くす生活を続けていったのだった。
To be continued...
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