第22話 アメリカでの自由に伴う責任

 真奈美とトロイの結婚式も真近になった春先に、車なしでは生活ができないモーターシティ、デトロイトで、彼らの唯一のステーションワゴンが突然音を上げてしまった。学生結婚の貧乏人たちにとって、新車を買うことなどは夢のそのまた夢の話であった。


 困った真奈美たちは、トロイの母、ミセス・トンプソンに相談した。彼女はいとも気軽に返事をくれた。自分は近い将来新車を買うつもりでいたから、その時期を少し早めて今持っている車を真奈美たちに売ってくれると言う。


 真奈美は正直この母の発言がショックだった。こんな場合、暖かき「思いやりの国、日本」なら、親が子供に物を売るという考え方自体が珍しい。しかも、若い二人が楽しみにしていた新婚旅行の資金で車を買うつもりと聞けば、


「いいよ、いいよ。お金なんて。結婚祝いと思って持っていけ」という優しい声が聞こえてきそうである。


とこらが、かなり豊かに生活をしていた義理の母親は、心を鬼にして賢明に語ってくれた。


「私はお金が惜しいのではありません。あなたたち二人は、いくら若いと言っても、これから先二人して一人前に独立した生活をする覚悟を決めたのです。その気持ちを尊重するために、私はあえて二人の新婚旅行の費用を車代として受け取るのです。車の値段については、カーディーラーに持って行って、市場でディーラーが払う値段を正確に聞いて、その値段をあなたたちにチャージします。


 それなら、ディーラーから中古車を買っても同じではないかと二人は思うかもしれませんが、ディーラーの売る車は本当に良い車なのか見分けられません。私の車は私が数年乗って何の故障もないしっかりとした車だと分かっています。小まめに点検もしてあります。その辺りが違う点です。


 どちらから買うかはあなたたちの判断に任せます。これはフェアーな考え方だと思います」ときっぱり言い切ったのだった。


 その後もこの「フェアー」という言葉は、アメリカで最もよく聞かれる言葉の一つとなった。


 その母のあまりにもクールな発言と毅然とした態度に真奈美は度肝を抜かれたが、「二人して一人前に独立した生活をする覚悟をしたのですから・・・」の部分に嘘はなかった。


 以前、あの自動車王のヘンリー・フォードの息子さえ、大学に行く費用は自分でバイトをして工面するように言われたという話を聞いた。そのとき真奈美は、これがアメリカの健在な家庭のあり方だと単純に感心のみしていたが、いざ自分自身がその真っ只中に入り込んだ時点で、アメリカにおける「自由」の代償である「責任」の重さと厳しさを現実のこととして受け入れる羽目とあいなっていた。


 真奈美が初めてアメリカに来たときにも、滞在先のホストファミリーの18歳の娘が、

「18歳になったから、独立するために自分のアパートを探すように親から言われた」と聞いて、


彼女より一つ年上で、しかも、まだべったりと親にしがみ付いて生活していた真奈美は感心したと同時にちょっとした恥ずかしい気持ちさえ味わっていたものだった。これこそがアメリカの独立精神の一例なのだろう。


To be continued...

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