第23話 アメリカらしいホームウェディング

 真奈美たちの結婚式は大きなアメリカの家ならではのホーム・ウェディング。結婚する二人が教会へ行く代わりに、牧師さんの方が家まで出張サービスしてくれるわけだ。


 二人の家などまだなかった当時、正式には「トロイの母親の家」と言うべきだろう。まだまだ大勢のアメリカ人に囲まれる度に両膝がガクガクとしていた真奈美にとって、住み慣れたトロイの母親の家で式をすることは、緊張を増すであろう教会よりもずっと好都合に思えた。


 結婚式には、日本側代表としてある程度英語の分かる父が一人で出席することになった。真奈美はデトロイトまで飛んで来てくれた父にトロイの親戚を紹介した。


 医者だった夫の看護婦との不倫を自分で発見して、即その夫を家から追い出した勝気で大柄のマリー叔母さん、シャキシャキの彼女がミセス・トンプソンの姉の一人として紹介された後、マリーは彼女の家のリビングの、いかにもアメリカ的に明るいオレンジカラーの椅子に座っていた父に、


「コーヒーは如何?」と尋ねる。父は即座に遠慮して、

「ノー!」と反射的に首を振りながら答える。ところが、元々コーヒー好きの父は、「ノー!」と言ってしまったことを後悔したのか、そのすぐ後に、

「イエス!」と言い直した。日本的な遠慮を知らないマリー叔母さんは、混乱した顔で言った。


「パパ!ここはアメリカよ。イエスかノーかはっきり意思表示をしましょう!」


 美しき日本の遠慮もアメリカでは型なしであった。


 何年か前にアメリカでアカデミー賞特別賞を受けた日本の故黒沢明監督も、受賞喜びのスピーチの中で、

「私にはまだまだ映画とは何んなのか分かりません。」と日本的な謙遜心を示した。それを日本語でそのまま聞いた真奈美は、


「あれほどの人が・・・」とすっかり感心していたのが、次の瞬間、その英訳を聞いたアメリカ人観客からはドッと笑い声が湧き上がった。真奈美は我が耳を疑った。


「なぜ笑ったのか?」米人にしてみれば、映画界では神様のようだった監督がそういうことを言うのはジョークとしか写らなかったのだろう。日本の素晴らしき「謙遜の美」も、アメリカではただの冗談となり果ててしまうのかと誰知れず一人で苦笑したものだった。


 式の朝、真奈美はたった一人でアメリカの美容院に入って行った。言っていることがうまく伝わらないことを恐れて、絵の得意な真奈美は希望のヘアースタイルをイラストにして持って行って見せた。


ところが、結果は無残。まるで50年代の髪型かなんかの様に逆毛をもうもうと立てられた凄い頭になってしまった。こんなのは嫌だと抗議すると、ユダヤ系アメリカ人のその美容師は、

「あんたの描いた絵の通りにしてある」と頑張る。


ふと見上げると、その女性の顎の下にはゴリゴリとした髭が生えているではないか!


「こりゃあ、勝ち目あらへんわ」と、真奈美は即諦めた。東京育ちだが関西出身の両親を持つ真奈美は、本音を吐くときによく関西弁が出る。


「サンキュー」とお礼を述べた上に、ご丁寧にチップまで置いてそそくさと美容院を後にした。こういうときほどチップというアメリカの習慣が厭わしいことはない。


 ミセス・トンプソンの家に戻ると、誰にも見られないように急いで2階まで駆け上がり、必死で髪を直そうとトライしたが、無駄な努力だった。幸いベールの付いた帽子をかぶる予定でいたため、その帽子で盛り上がった髪をぎゅうぎゅうと押さえつけてなんとか見られるようになった。


 小さな結婚式にしたいという真奈美たちの希望で、多くいるトロイの従兄弟たちは呼ばずに、叔父、叔母だけに限った25人だけの小さな結婚式。


 式のハイライトは日本側からの唯一のゲストだった父のスピーチ。新聞記者時代に加えて、大学の教え子たちの結婚式でゲストとして何回もスピーチをし、スピーチには慣れている筈の父であったが、英語でのスピーチとなるとまた勝手が違っていたようだ。


「私の大事な真奈美をどうぞ宜しくお願い致します」と読み上げる父。真奈美は、「宜しくお願いします」という日本的な表現が米人にどう取られるものかと考えていた。 

   

 ところが、そこで突然スピーチ・ペーパーを持つ真奈美の父の手が震え始め、涙声でスピーチの終わりが読めなくなって、牧師さんが代わりにスピーチを読むというハプニングが起きた。


 そんな父を目撃した途端、胸が熱くなって真奈美の肩も震え出してしまった。すると、驚いたことに、そこにいたトロイの叔父、叔母まで全員が目を赤くして泣き始めたのだった。娘を遠くへやる親の気持ちに国境はなかったわけだ。


 ただ、一人だけ泣く代わりにクスクスと笑っていた者がいた。それはトロイより一つだけ年下だった弟のクリス。彼は真奈美の父の日本語的アクセントが可笑しくてたまらなかったらしい。真奈美はクリスの未熟さにがっかりしたが、外国語を話さない彼に、外国語をこなす苦労など分かる筈はないと諦めたものだった。


 父は、アメリカにまで日記帳持参で来ていたようだった。


To be continued...

 

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