第64話 自己を罰し、自己を洗浄する時
ジュリアンが一つの報告をしてきた。
「ママ、ママがいなくなってダディが初めて教会に行くようになったの。今度の日曜に教会でカソリックの洗礼を受ける儀式があるのでママにも来て欲しいと言っているよ」
トロイからも電話が入った。
「神が僕の罪を許してくれた。新しく生まれ変わった僕を見て欲しい」
真奈美は複雑な思いだった。
真奈美が家を出たのは一応正解だったようだ。結婚中あれほどカウンセリングを受けよ、教会に行けと勧めても、頑固として行こうとしなかったトロイが、そのどちらにも行き始めたのだ。
それはいいことなのかもしれないが、彼がそんなにすぐ生まれ変わったとは思えない。ずいぶん簡単に許してくれる神ではないか。しかし、それも、あくまでもこれから先彼が自分で向かい合わなければならない問題ではないのだろうか・・・?
この奇妙な招待に「ノーサンキュー」と言って断るのは簡単だ。
しかし、待てよ。これは自分自身の問題と向かい合ういいチャンスかもしれない。
自分のフォーカスはあくまでも自分自身にあるべきだ。
トロイは親戚の人達を皆そのセレモニーに招待していた。
血が繋がっているという理由からトロイの言ったことだけを信じ、真奈美がどんな扱いを受けていたかなど全く知らないまま、真奈美のことを売春婦ごとくに思っている人たちの目が真奈美を軽蔑の眼差しで見つめる中を歩いていくこと・・・、それほど侮辱的なことはないだろう。
それだけに、真奈美の犯した行為に対する真の罰としては最適だ。
そう思った真奈美は、気が付いたら、その招待に応じていた。さぁ、今こそは自己洗浄の時だ!
翌週教会では、予想通りあらゆる方向から厳しい視線が真奈美に投げられていた。
囁く声も聞こえた。
しかし、それは真奈美にとってもう問題ではなかった。
真奈美にとっての問題は、夫に仕返しをするという狂った考えを拒否できなかった弱い自分の犯した罪に対し、自分自身を嫌と言うほど罰することだった。そうすることによって失った自尊心を取り戻したい。その思いだけだった。
驚いたことに、日本でカルチャー・ショックに遭い真奈美が守ってあげたトロイの弟のクリスこそが最も激しい軽蔑に満ちた視線をこちらに何回も投げてきていた。
それも仕方ない。クリスにしてみれば、義理の姉もただの弱い女だったのかという落胆の思いで一杯で、それを真奈美に投げ掛けたかったのだろう。
真奈美は自分を叱りつけた。
「それ見ろ。あれこそがおまえに向けられるべき視線だ。復讐などという馬鹿なことを試みるのは弱い人間のすることだ。その罰を十分身に受けておけ。この感覚を忘れるな、愚か者!」
真奈美の隣に座ることで真奈美に向けられている鋭い視線を一緒に肌で感じていたジュリアンが、堪られなくなって真奈美に囁いた。
「ママ、よく耐えられるね」
「大丈夫よ。きょうはこの視線を受けることを目的としてわざわざ出てきたのだから・・・」
「えっ?????」
真奈美がその日目指していたことを、13歳のジュリアンに分からせるのはまだ無理なことだった。
教会を出るときに再びクリスの強い視線が真奈美を包んだ。
真奈美は軽蔑に満ちた視線を全身で浴びながら、この侮辱を基に自分自身の罪を洗い落とすべく、その場にじっと立ちづくしていた。
不思議なことに、その視線が強ければ強いほど、爽やかな平和が静かに真奈美の全身を包み始めた。
ハスの花が、泥沼の中で自己洗浄してきれいな花を咲かせるとはこういうことをいうのだろうか。汚らしい自分が洗浄されていくのを心で感じていた。
まか不思議だったことは、真奈美の人生の中で、この日ほど実りの多かった日はなかったと言えるほどの爽やかさだったのだ。
To be continued...
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