第43話 個人の権利を尊重するアメリカ

 真奈美は化粧品でお金を儲けたことをいいことに、今度はアメリカの大学でグラフィック・デザインの勉強を基本からやり直そうと考えていた。


 では、その間ジュリアンの世話は誰がするのかということになる。働く母親、大学に通う母親の多いアメリカでは、この点はたいした問題とはならなかった。CoーOpと呼ばれる保育所があり、そこでは母親たち自身が交代で子供たちの面倒を見ていた。大学でクラスのない曜日が真奈美の当番の日だった。


 そこで、真奈美は多くの働く母親、勉学に励む母親と知り合った。皆、とても逞しかった。兄弟のいないジュリアンも、他の子供と遊んだり喧嘩したりして、母子共々に刺激の多い毎日が始まった。


 と同時に、真奈美の通う大学の中で、母学生のための保育所も利用することもできた。ここでは大学の児童心理学を選考している学生たちが子供の面倒を見てくれる。この学生たちにとって、ここは児童心理学の実践の場。子供たちに様々なテストをしたりして、彼ら自身も学んで行く。合理主義のアメリカそのもののアイディアだった。


 キャンパス内にあるため、真奈美はジュリアンに対し、二人は同じ大学に通っているのだと言った。


「ジュリアンちゃんのクラスはここ、マミーのクラスはあっち」と教室を指すと、ジュリアンも胸を張って得意そうに歩いて行った。ミシガンの冬は厳しい。膝まで来る雪にズボズボとはまり込みながら、片手には画板、もう一方にはジュリアンの小さな手、真奈美は改めて母になった喜びをかみ締めていた。


 仕事に育児に家事に勉強にと忙しく走り回っている毎日はとても充実していた。


 時折トロイの母親、ミセス・トンプソンが様子を見に来てくれた。アメリカの母は、ジュリアンの母親は真奈美であることを常に尊重してくれて、忙しく食事の支度をしている真奈美を慕って泣くジュリアンを見ると、必ず真奈美の許可を取ってからジュリアンを抱き上げに行った。いくら自分の孫だからといっても、勝手に扱ってはいけないという一線を守っているアメリカの母。


 しかし、猫の手も借りたいほど忙しいときには、日本の祖母たちがするように勝手に抱き上げてくれた方が助かるのにと思ったものだが、アメリカの母はどんなときでも、

「私が抱き上げてもいいですか?」と真奈美の意向を聞くことをけっして忘れなかった。


 個人の権利を尊重するアメリカがそこに現れていた。


To be continued...

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