第41話 セールスウーマンNo. 1?

 そんな折、真奈美はミセス・トンプソンの友人で化粧品のセールスで成功しているミセス・ブラウンに出くわした。元教師をしていたミセス・ブラウンは、とても知的で、彼女のガッツのあるキャリア・ウーマンとしての成功話を聞いているうちに、真奈美には新たな勇気が湧いてきた。


「よし、私もセールス・ウーマンになってみよう!」


 わずかな資本金を出して化粧品のサンプルセットを買い揃え、セールスの講習を受けた真奈美は、早速知り合いの日本人女性たちを招いて化粧品を売るパーティーを開いた。


 日本からの商社マン夫人達は、日本と比べてアメリカの化粧品が安いことに驚いた。高い化粧品に慣れていた彼女たちは、抵抗なく全員それぞれが一式を買ってくれた。隣が買うのならこちらもと、ちょっとした見栄も手伝って化粧品は飛ぶように売れた。かくして、真奈美のパーティーは大成功に終わったのだった。

 

 夫の仕事に連れ添ってアメリカに来ている日本人女性はアメリカで働く事を許されていない。時間とお金の十分にある客に恵まれたセールスウーマンの真奈美は、その後も次々とパーティーをして毎回売り上げを伸ばしていった。


 真奈美のボス、ミセス・ブラウンには、真奈美が商品を売る度にその何パーセントかが入っていく仕組みになっていたから、彼女もホクホク顔であった。


ある日そのミセス・ブラウンから、その化粧品会社のセールス・ミーティングに真奈美も是非出席するようにという電話が入り込んだ。なんでもそのミーティングでは、売り上げが一番多かったセールスウーマンに褒美の品が渡されると言う。真奈美は、アメリカのセールス・ミーティング、しかも女性ばかりのミーティングがどんなものか見てみたいと思った。トップ・セールスウーマンに会うことで自分にももっとやる気が出るだろうと思った。


 その翌週、セールス・ミーティングはミセス・ブラウンの家から15分ほどのホテルの一室で行われた。最初に社歌を歌いファイト満々のアメリカ人女性たちを真奈美は頼もしい先輩として仰ぐ思いで見つめていた。皆底抜けに明るく、輝くような表情が眩しかった。ビジネス・ウーマンとして優秀な人ばかり。


 この化粧品会社は優秀な成績をあげた人にはピンクのキャデラックを与えていることで有名だった。その日、会場のホテルのパーキングにはピンクのキャデラックが幾つも並んでいた。それを目のあたりにした真奈美は、「凄い!」と思わず息を呑んだ。   


 さて、いよいよ賞品が渡される瞬間がやって来た。真奈美はなんとなく緊張して唾を飲みこんだ。まずは新人賞。司会者が声を張り上げた。


「100ドルの売り上げをパーティーで一番多く出した新人、真奈美・トンプソン!」

 なんと真奈美の名前が真っ先に呼ばれた。発表は続いた。

「200ドルの売り上げをパーティーで一番多く出した新人、真奈美・トンプソン!」

「300ドルの売り上げをパーティーで一番多く出した新人、真奈美。トンプソン!」

「400ドルの売り上げをパーティーで一番多く出した新人、真奈美・トンプソン!」


 驚いたのは真奈美だけではなかった。

「なぜこの小さな東洋の小娘の名前ばかり何度も呼ばれるのだろう?」

 アメリカのセールス・ウーマンたちは信じられないという面持ちで次々に褒美を渡される真奈美を眺めていた。


 真奈美は思った。

「この人達は日本の化粧品の高さを知らない。そして、日本人の集団心理のことも知らない」


 実際、勢いに乗ったセールス・ウーマンの真奈美は、その翌週、試しに米人女性だけを招いたパーティーを開いてみた。結果は散々たるものだった。アメリカの女性は消費者としてかなり厳しい目を持っており、財布の紐も硬く、その日の売り上げは真奈美がそれまでやったパーティの中で最低のものだった。


 ただ一つ残念だったことは、とかくセールスマンを低く見る傾向のある日本文化、お金と時間のある日本からの奥様方から、

「へぇー、知らなかった。真奈美さんってこんなことまでされるのね」と半ば軽蔑的な発言が出たことだった。


 いずれにせよ、そのときの真奈美にとって重要だったことは、自分にセールスの手腕があるのか、化粧品のセールスをすることが程度の低いことなのかどうかなどということより、化粧品の売り上げのお陰で親子3人の暮らしが少しでも楽になったという事だけだった。


To be continued...

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