大将とラーメンを考える2


 事の経緯を一通り話し終えると、大将は立ち上がった。


「そういう訳なんだ……」

「……その決闘、本当に受けないといけないんですか?」

「オーガの世界じゃ、この決闘を申し込まれた以上受けないともう生きていけねぇんだ……店の仕入れに響くしな」


 バツの悪いそうに頭をかく大将。

 しかし、気になる事は他にもある。


「そもそもカンナさんも一方的に景品にされてるし、本人の了承も得ないと」

「それ聞くのも怖くてな――」


 ガチャッ――。


「おッ、アンタがオダナカさんか!」


 店の扉を開けて入って来たのは、赤みのある褐色肌の女性だった。

 大将と同じように麻のランニングシャツを着ているが、大将とは別の意味で大きな胸がより強調され、厚手のドテラのような上着を着ているが、凄く様になっている。

 白い髪をポニーテールのように結び、勝気そうな雰囲気のある御仁だ。

 大将と同じオーガだが、男女で身長が違う。彼女は俺より低い。


「は、はい。私が小田中です」

「旦那からいつも聞いてるよ! 色々世話になってるって」

「という事は、貴女が奥さんの――」

「おうよ。そこのバルドの嫁の、カンナっていうんだ。よろしくな」


 手を握られ勢いよくブンブンと振るう。

 とにかく豪気な女性だ。

 

 カンナさんは俺から手を放し、大将へ指を差す。


「アンタ! 話はラビラビって兎さんから聞いたよ。なんでも、あのガンドルに決闘を申し込まれたって」

「……すまねぇ。お前に了承も得ずに賭けの対象に……」

「おいおい、アタイがそんなケチ臭ぇ事で異議なんて唱えねぇよ! いいじゃねーか。この機会に、あのケツの穴がちいせぇガンドルを、思いっきり負かしてやんな!」

「で、でも負けたらお前はアイツのモノに――」

「アタイが選んだアンタが負ける訳ないじゃないか!」


 ここでカンナさんは大将の下へ歩き、胸倉を掴んで自身の顔まで引き寄せた。

 大将の身長は2m以上あるが、カンナさんは160cmくらいだ。

 しかし、迫力については全然負けていない。。

 

「――もう1回腑抜ふぬけたこと言ってみろ。その股間にぶら下がってるモノ、握り潰してやるよ」

「は、はい」


  そのドスの効いた声は、こちらまでその威圧感が伝わって来た。


(こ、怖い……)


「――すいませんねぇオダナカさん。お見苦しいモノをお見せして」

 

 手を離し、こちらへ向き直るカンナさん。


「い、いえ」

「この男も昔から不器用で要領も悪くて……割と細かい所も気にかけてくれるし、優しいけどさ――やっぱ一国一城の主として、ガツンとやって貰いたい訳よ」

「はぁ」

「という訳で。ウチの旦那のこと、よろしく頼みます」


 にこやかな笑顔でお願いされる――既に、俺もまた逃げられない事に気付いた。


「ま、任せといてください」


 そう言葉を絞り出すのが、やっとだった。


「やっぱこうなったか……」


 そんな大将の小声が聞こえた気がした。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 次の日、夜の営業が終わるのを店の中で待っていると――。

 

 バタンっと勢い良く扉が開き、例の白い鎧姿のアグリが飛び込んで来た。

 

「聞きましたよ大将! なんでも奥さんを賭けて、フェスで売り上げ勝負するとかで!」

「ア、アグリまで――どこで話聞いたんだ!?」

「えっ? フェス運営委員会の方々が号外を配ってて……はいこれ」


 それにはフェスの開催と日時、会場までの簡易的な地図が書かれている。

 そして大きく目立つ位置には、こう書かれている。


『料理番付十傑である伝説のそば職人、その弟子バルド氏のお嫁さんを賭けて、新星油そば屋のガンドル氏は伝説に挑む。果たして、両社の対決の行方はいかに!』


「昨日の今日でもうビラできてんのかよ……」

「というか、向こう側がなんかチャレンジャーな扱いされてますね。持ち掛けて来たのは向こうなのに。」

「私も仕事柄、見届け人をやる事もありますけど――まさか知人がやるとは思いもしませんでした」

「……割と決闘とか多いんです?」

「正式な手続きをすれば、闘技場で行えますよ。異種族の多いこの街は、やはり揉め事も多いですからね……もちろん殺しはご法度です。決闘と言っても、ルールはありますので」


 ちなみに日本では、決闘は法律により禁止されている。


「今日、オダナカの旦那と対策を考えようかと――やっぱ何か特別メニューを考案するか」

「なるほど。やはりお客さんの量も段違いに多いですからね。何か特別なモノがあれば、多く目を引きそうですね」


 ここで大将は名案を思い付いたように手を叩く。


「……そうだ! 当日、アグリに客として来て貰えればいいんじゃねーか! 騎士団のみんなを誘ってさ」


 ここの街にいる騎士団の総数は知らないが、かなり多いはずだ。

 そこらを歩いてても、よく巡回をしているのを見かける。

 あくまで売り上げ勝負なのだから、新メニューにこだわらなくてもいい――なのだが。


 大将のその言葉を聞いて、アグリさんは絞り出すように声を出す。


「……すいません。それは、できないのです」

「えっ?」


 苦虫を嚙み潰したような、渋い顔をする。

 両手を握り締め、苦痛に耐えているかのようだ。

 彼女のそのような顔は、見た事が無い。


「――我が騎士団も会場及び周辺の警備に当たるのです。また、どこかの店に肩入れすることの無いよう公平な立場であるべきだと上から言われ――当日は、第3騎士団全員がお客として参加できないのです……」

「なん、だと……?」

「食べたかった……会場限定ラーメン、食べたかったぁぁぁッ!!」


 泣きながら店舗を飛び出すアグリさん。

 どこまでも忙しい人だ。


「くっ。こうなりゃ、色々と限定メニュー試すしかねぇな!」

「……」


 果たして、新しい限定メニューなんて思いつくのだろうか。

 

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