異世界フードファイト2
しばらく歩くと、”剣が交差した看板”と”軒下にフォークと皿が描かれた”看板の2枚が吊るされた建物の前へと辿り着いた。
どうやらここが目的地らしい。
「ふー、到着しました!」
「ここがお店なんですか?」
「そうだよー。ルーノスがよく食べに来るお店なんだよっ。さぁ、行こっ!」
彼女が金属の色が擦り切れたノブを回すと――ギィと音を立てて、ドアは開かれる。
2人で中へと入ると、その広い店内は多くの人で賑わっていた。
左手に酒場のカウンターがあり、そこから右手の方まで丸いテーブルが置いてある。
さらに奥には受付嬢のような女性が、簡易的な鎧を着た冒険者風の男達と会話をしているのが見える。
近くの壁には掲示板があり、そこへ貼られている紙を色んな人間が眺めているようだ。
「ここは……」
「ようこそお客人っ!」
店に入るなり1番近くに居た、壁に寄りかかっている男に声を掛けられる。
彼はスキンヘッドで、上半身の筋肉を見せつけるかのような薄着のシャツを着て、木製のジョッキ片手に、もう片方の手はポケットに入れている。
「ここは地獄の入り口の冒険者ギルドでもあり、みんなが食事を楽しむ楽園のような場所だ。アンタは見た所――」
俺の服装を下から上まで見てから、頭を捻った。
「――なんの格好だ?」
「私はここへ食事に――」
「おじさん、この人はいつも酔っぱらってこんな感じなの。さっ、行きましょ!」
背中をルーノスに押され、店内へと入っていく。
適当に空いている席を見つけて着席をするが――周囲は冒険者風の老若男女が多く、一般客のような人は少なく見える。
その誰もが酒を飲んでは楽しく声をあげて笑っている。騒がしくはあるが、今の俺にはむしろこのくらいの方が気が紛れていいかもしれない。
「しかし、意外ですね」
「なにが?」
「貴女のような小さな女の子が、こんな騒がしいお店に来るなんて……成人はしてませんよね?」
身近に成人女性に見えない後輩が居るので、念のため聞いておく。
帽子はそのままに、口元の布だけ取ってからルーノスはウィンクをしながら答えてくれた。
「今年12歳になったばかりなんだよ。あっ、もしお酒が飲みたいなら遠慮せずにドゾだよー」
「いえ、今日は飲む気分でもないんで……」
「そう? あっ、お姉さんっ!」
近くを歩いていたエプロンドレスを着ている女性へと声を掛けるルーノス。
どうやら店員さんのようだ。
「あらあら。お久しぶりねー」
「うんっ。今日もね、いつものヤツを頼むんだよっ」
「すっかり常連さんね」
女性はここで俺に気付いたようで、小声でルーノスに尋ねる。
「――今日はもしかして、デートかしら?」
「教会の前で会って、誘われちゃったの♪」
まるでナンパをされたような物言いだが……まぁ誘ったのは本当である。
「ふふっ。彼氏さんはどうする?」
「えーっと、じゃあ彼女と同じものをお願いします」
特にテーブルの上にも壁にもメニューは見えない。
言えば持って来て貰えるかもしれないが……その間、彼女に気を遣わせるのも悪いので、ここは同じものでも頼んでおこうと思う。
「あらっ、見かけによらず食べるのねぇ。“大”でいいかしら?」
「――“普通”でお願いします」
直感だが――その店員さんの言葉に、少し嫌な予感がする。
ここは“普通”で様子を見ることにする。
初めて行く店では、ひとまず大盛りなどは頼まず普通サイズで様子を見る方が無難だろう。
今時はスマホで見れば情報も載っている事は多いが、料理の量の多い少ないは割と個人の感覚によるもので、参考にならない事も多い。
何か写真に比較用のモノでも置いてくれればいいのだが、アップ写真などだと正確な量が分からない事も多々ある――。
で、あるならばやはり普通サイズを頼んでおくのが無難であるというものだ。
「もちろんルーノスは……」
「えぇ。いつものね」
店員の女性が伝票らしき板に何かを書き込むと、そのまま厨房らしきところへと入って行った。
とはいえ、12歳の女の子が食べる料理である――もしかしたらスイーツ系で、パフェやケーキが出てくる可能性はある。
詳しく料理名聞いとけば良かったか――。
「ルーノスは、ここによく来るんですか?」
「半月に1、2回くらいかなー。今日みたいに上手く抜け出せた日じゃないと来れないけどね」
「――あそこの教会に住んでいるんですか?」
「えー? あー、うん。そんなところかなー。教会に宿舎があって、そこに住んでいるよ」
という事は、シスター見習いみたいな感じなのだろうか。
この世界の宗教などはあまり詳しくない。いつもの町でも教会っぽい建物は見た事があるが、入った事も無い。
しかし、どこの世界であろうとも宗教関係の話は面倒事が付き物だと思っているので――。
「そうなんですね。大変ですね」
あまり深く聞かずに、軽く流す程度にした。
まさか、目の前の少女がいきなり勧誘してきたりはしてこないだろうが――。
「毎日勉強ばかりで、もうたいへんなんだよー」
テーブルの上で、ぐでーと伸びる彼女。
年相応といった感じで、そういった疑いを持った自分を少し恥じた。
そんな話をしたら、先ほどの店員さんが料理を持って来てくれたようだ。
鉄製の配膳カートに、さながら天高く聳え立つ塔のように盛られた肉が乗った巨大な器を2つ乗せて――。
「はいはい。こちら、ウチの名物の“スペシャルメニュー”だよ」
店員さんがそう料理名を言うと、周囲のテーブルに座っていた客が反応した。
「あれって……スペシャルメニューじゃない?」
「食べたら賞金が出るって言う……でも食べ切れた人って居るの?」
「前にオーガの冒険者が大盛にチャレンジしてたけど、食い切れずにギブアップしてたな」
口々にそんな事を言っているのが聞こえる。
その反応は、水滴によって起きた水面の波紋のように――徐々に周囲へと伝播していった。
「いや、あのお嬢ちゃん見た事あるぞ。前に、同じようなスペシャルメニュー完食してたぞ」
「マジかよ。目の前の男の料理の倍はあるぞ」
目の前に運ばれた料理が、詳しく言うとなんなのか分からない。
桶ほどの大きさの食器に、座っている俺の頭くらいの高さまで盛られた、焼いた肉。肉。肉――そしてその上にもまた、肉。たまに揚げた鶏肉なども混ざっている。
頂点からは食欲をそそる香ばしい赤色のソースが掛けられ、中段にもオレンジ色のソースが掛けられている。どうやら味変を考えてくれているようだ。
下段を見れば、申し訳程度に緑野菜を刻んだモノが敷かれているが――なんの口直しにもならないだろう。
そしてこれだけの量で“普通サイズ”である。
身体を動かして、彼女の前に置かれた料理を確認すると……さらなる高さを誇っていた。
俺のが東京タワーなら、彼女のはスカイツリー――彼女は本当に食べ切れるのだろうか。
「あー久々のお肉っ! いつも全然食べさせて貰えないんだよねー」
肉タワーの向こうから声だけが聞こえてくる。
「そ、そうなんですか……」
「じゃっ。準備はいいかい? この砂が全部落ちるまでに食べ切るんだよ。食べ切れたら、量に応じて賞金が出るからね」
そういって、店員さんはテーブルの上に大き目の砂時計を置いた。
割と時間に余裕は見てくれているようだが、それでもこの量は――。
「冷めない内に、おあがりよ!」
「いただきます――」
「美味しそう!」
こうして、俺のフードファイトは突如として始まった。
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