異世界フードファイト1

「ここは――?」


 出て来た扉から振り返り、見上げると……それは石ブロック作りの建物だった。

 青い屋根に、白く塗られた外壁。3階建てくらいの大きさで、さらに屋根部分には突起のように生えた搭があった。

 

 カラーン、カラーン――。


 金属の軽やかな音が、周囲に響き渡る。

 どうやらあの塔の最上部には鐘があるようだ――つまり、この建物は。


「教会、か」

 

 俺はそのままもう1度振り返る。

 今度は普通に扉を開け、頭と上半身だけ中に入れ――覗いてみる。


 中はいくつもの古びた長椅子が並び、中央には赤い絨毯が奥へ続く様に敷いてある。

 視線を上へ向けると、そこには天使の絵が描かれた大きなステンドグラスに、十字架にトランプのダイヤの形を合わせたデザインの置物が飾られていた。

 ただその天使、羽根はオレンジ色で描かれ、髪もピンクのような色だ。


 これがここの宗教のシンボルなのだろうか――。


 中を見渡しても誰も居ないようだ。

 このままここに居てもしょうがないので、まず人の居る町でも探してみるかと出て扉を閉めると――。


「あれぇ? おじさん、教会に何か用ですか?」


 後ろから声を掛けられ、思わず声が出そうになる。

 不審者とは思われないように堂々と、慌てずにそっと振り返ると――そこには黒い無地のローブを着た、変な人間が立っていた。

 身長はモナカよりも低く、体型や声の感じからして少女なのは間違いないと思う。


 何故そんなに自信が無いのかと誰かに問われれば、こう答えるだろう。


 その人は、口元を布で覆い頭にも紺色の帽子を深く被っている。

 これではどちらが不審者なのか分からない。 


「……そういう貴方は、これからどこかへ侵入でもするんですか?」

「ありゃ。これは失礼しました」


 こちらも外部の人間から見れば不審者かもしれないのに、彼女は素直にその素顔を晒してくれた。

 布を下へズラし、帽子を脱ぐと――淡いピンク色の髪が露わになり、ウェーブ掛かったその髪は肩まで伸びている。

 思った通り女性で、その幼さが残るその顔は可愛らしい少女のようだ。


「ちょっと今から、みんなにナイショで町に出掛けようと思ってて……」

「内緒?」

「えーっと……」


 説明し辛そうにしながら、彼女はキョロキョロと周囲を気にし始め――。


「まぁ俺も、町へ料理屋を探しに行こうと思っていたので丁度いいですね」

「あっそうなんですねぇ。じゃあ、一緒に町へ行きましょう! ささ、できれば急いで行きましょう」


 やはり誰かの目を気にしているのか、俺の手を引っ張って行こうとする少女。


「分かりました」


 俺もそう答え、彼女に誘導されるまま林へと続く道を歩いていく。

 ここも教会の敷地内なのか、特に怪しい動植物と遭遇することもなく――すぐに開けた場所へと出た。

 

 印象としては、ほどほどに大きな町だ。

 石造りの家に、整備された道。時折、荷台を引っ張る馬車ともすれ違う。

 冒険者風の若者や、買い物へとやってきた夫婦らしき男女、道の傍らの石へ座っている老人も居る。

 道行く人達の身なりも整っていて、どこか路地から怒号が飛んでくることもない平和そのものという感じだ。

 

「……ここにもあるな」


 よくある異世界の町といった風景だが、1つだけ気になる点があった。

 どの家の軒先にも、羽根の生えた少女のシルエットを象った板が吊るしてあるのだ。色も白、赤、オレンジなど多様である。

 なにかのまじない的な意味合いでもあるのかと眺めていたら、


「それは初代聖女様のお姿を現した、魔除けのお守りみたいなものです」


 少女が説明してくれた。


「この辺りはー200年以上前は、貧困にあえぐ小さな村だったらしいんですけど……ある日突然、天から舞い降りた神様がやってきて、1人の少女を遣わせたというらしいんです」


 その少女は様々な祝福を村にもたらした。

 食べるモノが無ければ、どこからか育てる事の出来る苗や種を見つけ出して持って帰って来る。

 彼女が指示した場所を掘れば、水が湧きだす。

 病気になった人間を、一晩で治してしまったなど――。

 そういったいくつもの“奇跡”を目の当たりにした人々は、少女を救世主として祭り上げた。

 いつしか少女は、こう呼ばれるようになる。


「それが、聖女様ですか」

「秋になると、初代聖女様の降臨を祝って豊穣祭なんてやるんですよっ」


 楽しそうに道の真ん中でくるくると回る彼女。

 ちなみに最初に出会った時のように、口元は布で隠して帽子も深めに被っている状態だ。

 何かしら人に見られるとマズいのであれば、そんな目立った行動しなかったらいいのに……。


「それは、楽しそうですね」

「はいっ! リンネも凄い凄い楽しみなんですよ!」

「そういえば、自己紹介がまだでしたね――私は『小田中 雄二郎おだなか ゆうじろう』といいます。貴女は、リンネさんでよろしかったですか?」

「えっ。あっ、そうです――うっかりしてました。お外で、その名前は……えーっと……」


 その場でしゃがみ込み、少し頭を振りながら考え事をする彼女。


「――よしっ。わたしの名前はルーノスです。ここでは、そう呼んで下さい。オダナカさんっ」

「分かりました、ルーノスさん」

「別に呼び捨てでいいですよー。おじさんのが年上なのにー」

「えーっと、じゃあルーノス。行きましょうか」

「うんっ!」


 無邪気な笑顔を向けてくるルーノス。

 その笑顔に、俺の沈んでいた気も少し紛れたように思える。


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