異世界フードファイト3
覚悟を決めた俺は、右手にフォークを握る。
まず上の肉から順番に減らさなければならない。下手に横を触れば崩れる。
フォークで天辺の焼いた肉を突き刺して口へと運ぶ。部位で言えばカルビだろうか。程よい焼き加減で、噛む度に旨味がまろび出てくるようだ。
しかし味わってばかりではいられない。これをどんどん処理していくのように食べる。
それと同時に、手を挙げて店員さんを呼ぶ。
「どうしたんだい? もうギブアップ?」
「いえ。葉物のサラダをお願いします」
「追加で注文かい。分かったよ」
運ばれてきた緑葉サラダを適宜食べつつ、肉を処理する。
どんなに美味しくとも肉の脂はキツい。ここは野菜で口の中のコッテリ感を流しながら食べる作戦だ。
出来れば大根おろしやワサビ、ショウガのようなモノがあればいいのだが、いくらなんでも持参はしていない。
「もぐもぐ、パクパク――うーん。相変わらずここのお肉はぜっぴんだよっ」
こちらからでは、肉タワーが無邪気に笑っているようにしか聞こえない。
俺も向こうが見える程度には減って来ているのだが――彼女の姿が全く見えない。
時折タワーの向こうから「こりょソースと肉の絡み合って香ばしくて、サイコーだね!」という食レポまで聞こえてくるのだが、やはり肉タワーが喋っているようにしか見えないのだ。
「さて、ここからはロースと……真ん中にフライが入ってるな」
タワーは真ん中に突き立てられた大きなフライによって支えられていたのか――。
先端部分をフォークとナイフで切断する。断面は白く、魚のようにも見える。
食べるとさっぱりとした柑橘類の味と、程よく自己主張をしてくる身の甘さが合わさり――。
「これは、単品で食べたいな」
正直、周囲に囲まれた焼き肉のせいで若干台無しである。
さらに食べ勧めると、肉に囲まれた中から肉団子なども出てくる。
半分は食べたのだが……もう限界という文字が、俺の中の扉をノックしているようだ。
「これってそこの湖の魚だよね? この大きな魚のフライ、美味しい!」
よく見れば彼女も半分――いや、もう半分以上食べているようだ。
それでもなお笑顔が崩れることもなく、美味しそうにフライを頬張っている。
これだけの量を食べていれば咀嚼にも力がいるし、料理を食べる両手も疲れてくるはずでは――。
「あっ」
気のせいではない――彼女の腕や頭に白いオーラのようなモノが見える気がする。
周囲の客達は誰も指摘してないのは、これが当然の現象だからか――。
「身体強化魔法か」
魔法を使って筋力を上げ、疲労を緩和しているのだろう。
もしかしたら胃袋も魔法で強化できるのかもしれない――いや、そうであって欲しい。
でなけば、彼女は俺の倍以上の料理を食べてもなお、余裕でいられる理由が他に考えられないのだ。
「――負けていられないな」
魔法こそ使えないが、俺は魔獣にも変身した経験がある身だ。
とはいえ紫の鍵は大家に返したし、自身の白い鍵では身体に突き刺さらなかったが――その事をモナカに言ったら何故か怒られた。
ひとまずはその経験を活かし、目の前の食事を楽しむとしよう――。
◇
「……ギブアップ」
中段を片付けてついに下段というところで、最後の強敵。今までの全ての肉汁とソースが浸み込んだ焼きスパゲッティが待っていたのだ。
細かく刻まれた緑葉野菜の上に、ミンチ肉とスパゲッティを混ぜ合わせて炒めた簡易な料理が乗せられていた。
「もう、無理だ……」
あるいは自分が大学生の頃であれば、食べられたかもしれないが……。
いくらなんでも今の自分には、この限界は突破できそうにない。
「男の方はギブアップのようだ! お嬢ちゃんはどうだ!」
「このスパゲッティ、実は1番楽しみなんだよねー♪」
「全然余裕そうだ! 胃袋どうなってんだ!?」
いつの間にかギャラリーが出来上がり、謎の実況を行う客まで出る始末だ。
俺がギブアップを宣言した事で、一部の客が渋い顔をしながら金を渡しているのが見えた――勝手に賭けの対象にしてたな。
「ちゅるるっ――――ぷはっ。お姉さん、美味しかったよ!」
「ここで完食だ! スペシャルメニューとの勝負は、お嬢ちゃんの勝利だ!」
「ふえ? よく分かんないけど、ありがとー!」
ギャラリーに向かって両手を振って喜ぶルーノス。
集まった客達も笑顔で拍手を送っている。
そして俺は、
「――」
全身が真っ白になったように、椅子に座ったまま項垂れるのであった――。
■◇■◇■◇■◇■◇■◇■
「美味しかったねー、おじさん♪」
「そ、そうだな。味は、美味しかった……」
彼女は受け取った賞金で俺の分も払うと言ってくれたのだが、さすがに自分の半分以下の年齢の少女に払わせるほど甲斐性なしでもない。
互いに膨れた腹を撫でながら、来た道を戻るように歩いて居た。
「この後、本当はデザートも行きたいけどー」
「マジか」
ここからさら食べられるというのか――彼女の胃袋はどうなっているのだろうか。
「……そろそろ時間みたいだし、帰ろうかな」
遠くで鐘を鳴らす音が聞こえる――。
既に辺りはすっかり夜で、欠けた月明りが道を辛うじて照らしてくれている。
「そうですね。私も、そろそろ戻ります」
「おじさん今日は付き合ってくれて、ありがとね!」
「いえ私も……気分が晴れました」
ここに来るまでの陰鬱な気持ちは、いつの間にかどこかへ行ってしまった。
もちろん現実に問題は何も解決していないのだが――あの医者が言っていたように早まる事は無いだろう。
もっとゆっくりと、自分の病気と向き合うのも大切だ。
「うん? そういえば、なんで教会覗いてたの?」
「えーっと……まぁ少し、悩み事がありまして」
「そうなんだ! じゃあ、今日付き合ってくれたお礼に――お話聞いてあげる!」
俺を両手を握って、こちらを見上げるように笑顔で言ってくれるのがありがたいが――。
「ありがとう。でも、半分は解決したから大丈夫ですよ」
「そうなの? うーん……じゃあ、アレをあげるね!」
「アレ?」
教会まで辿り着き「ちょっとまっててー」と言って、ルーノスは駆け足で裏手の方まで行ってしまった。
周囲に他の人は見えないが――不審者と間違えられないだろうか?
「お待たせ―」
それから程なくしてルーノスが帰ってきた。
工芸品のような装飾の入ったビンを3本ほど抱き締めるようにして持ってきたようだ。
「これねこれね。憑かれたーって時や、もう固まって動けないー時にも効果はあるんだけど」
その内、1本を持って説明をしてくれる。
疲れた時に効く……つまり栄養ドリンクのようなものだろうか。
「1番は、心を落ち着けてくれる効果かな。これを飲んでくれた人が、穏やかに過ごせます様に……っていっぱいお祈りをして作ったの」
「作った?」
「あっ、他の人達が作ったんだよ。これ3本ともおじさんにあげるね!」
「いいんですか?」
「いいのいいの、今日一緒にデートしてくれたお礼だもの」
ニコニコと微笑みながら渡してくれるので、こちらもこれを受け取らないのは逆に気が咎める。
「分かりました。では、有難くいただきます」
「うんっ! あっ、これもついでにあげるね――」
そう言って手渡されたのは、先ほどの町で軒下に吊るされていた聖女を象った飾り――その銀のアクセサリーだ。細い鎖が付いていて、首から提げられるようになっている。
「貴方に、豊かな日々が訪れます様に――」
両手を合わせ、まるでシスターのように祈りを捧げるルーノス。
その場でお礼を言って彼女と別れ――今度は誰にも見つからないように、出てきた扉から元の世界へと戻っていったのだった。
「せっかくだし、帰ったら1本飲んでみるか――」
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