大将とラーメンを売る(初日)1

 

 和歌山ラーメンを食べたあの日からというもの。


 大将は通常営業が終わると同時に仕込みを行う。その後にラーメンの試作。

 俺もいくつものラーメンの作り方の載っている本を買った。当然大将は読めないので、付きっきりでスープ作りの試作を手伝う。

 そんな毎日が続き、さらに本番用のスープはお互いに仮眠しながら鍋の番をしたのだ。


「俺は体力があるからまぁまだ大丈夫だけど、旦那は大丈夫かよ」


 簡易な木造屋台の中で開店の準備しながら、大将は心配そうに聞いてくる。

 俺も若干寝不足ではあるものの、仕事で泊まり込む事も少なくないので慣れている。

 

「多少は眠気もありますが、全然大丈夫ですよ」

「なんなら、もう今日は休んでいても……」

「ここまで来たら付き合いますよ」


 週末も忙しい時期を踏まえてリアル事情も芳しくはないが、もうこうなればどっちも死ぬ気で頑張るしかない。

 そこで俺は、とあるをクーラーボックスから取り出す。

 大将はいぶかしげに俺に聞いてきた。


「それはなんだ?」

「エナジードリンクという、飲み過ぎたら身体に悪影響もありますが――とにかく眠気が吹き飛び、集中力が増す強力な飲み物です」

「いいなそれ。俺の分もあるか?」

「はい。こちらをどうぞ」


 クーラーボックスの中でよく冷えたエナジードリンクを取り出し、フタを開けてから大将に渡す。


「では、今日の成功を祈り――乾杯!」

「乾杯!」


 2人で一気に飲み干す。

 口からノド、そして胃に黄色い液体が流し込まれていく。

 キツめの炭酸だが、それもまた目を覚ますには丁度いい。


「くあああッ! なんだこれ、シュワシュワしてやがる――」

「よし。これで今日は頑張れると思います」

「よお、バルド」

 

 まだフェス前だが、店の前に来たのは客――では無さそうだ。


 赤い肌の大将とは違い、こちらは青い肌のオーガだ。エプロン姿のこちらとは違い、相手は日本食の料理人みたいな出で立ちである。

 その後ろにも2人ほど同じ格好の店員らしき獣人が立っている。


「ガンドル兄さん……」

「どうやら逃げずに来たようだな」

「――俺は絶対、アンタには負けない!」

「ふんッ。こちらには強力な助っ人である姐御が居る。てめぇなんかに遅れは――」

「はいちょっと邪魔!」

「あ痛ッ!」


 尻に思いっきり木の棒――ほうきの柄の部分でぶっ叩かれ、思わず飛び跳ねるガンドル。

 そのほうきを持っているのは――天然パーマの入った茶髪の少女だった。

 

「バルドさん。すまんねー、ウチのバカが色々迷惑掛けて」

「姐御! これはオーガの決闘、男と男の戦いだ。いくらアンタでも……」

「そんなに男の決闘がしたいなら、夕日をバックにした海岸で殴り合いでもしてろ! これは店の売り上げ勝負だよ。負ければ他の店員にも迷惑が掛かる。分かってんの?」

「そ、そりゃあもちろん……」

「という訳で、改めて自己紹介を――こほん」


 少女は箒を他の店員に渡すと、懐からアルミの名刺ケースを取り出すと――お辞儀をしながらにこやかに大将へと渡して来た。


「油そば屋ガンドルの営業顧問をやらせて頂いております、『大中おおなかもなか』と申します。以後、お見知りおきを――」

「お、おぉ……」


 これまでのやり取りの時は違い、丁寧な物言いに思わずたじろぐ大将。

 そのまま彼女はこちらへも同じように名刺を渡して来た。


「貴方も店員の方ですか? よろしくお願い致します。」

「あ、どうも。私は『小田中雄二郎おだなか ゆうじろう』と申します」

 

 そう言いつつ、反射的に俺も懐からケースを取り出し、その中から名刺を取り出し渡す――。

 こっちのは普通に会社の名刺だが。


「……ふーん、お前がこっちに来ている日本人か」


 名刺を受け取ると営業スマイルから一転、まるで野生の獣が獲物を見つけたかのようなニヤリとした笑顔に切り替わる。


「えっ」

「そっちのラーメン屋にちょっと寄ったらさぁ。メニューに『オニギリ』あるし、頼んだら本当に日本の米で出来たおにぎりが出てくるし――」


 名刺をポケットに仕舞うと、俺の指差してきた。


「日本人が関わってると思ったんだよね」

「はぁ……まぁそうですけど」

「さしずめ、そっちも日本の食材や調味料使ったラーメンなんだろうけど……こっちはそちらの上を行くよ。覚悟しときな!」


 気持ちが良いくらいの真っ向からの宣戦布告――。

 しかし彼女は1点だけ、勘違いをしているのだが、それはあえて訂正はしない。


「行くよ、お前ら」

「へいっ姐さん」


 それだけ言い残し、モナカは他の店員を引き連れて向かいの屋台へと帰って行った。

 ――本来の店主であるガンドルだけ残して。


「と、とにかくだぁ。こっちが勝てば、カンナの奴を――」


 先に宣戦布告をやられてしまい、ひとまず仕切り直そうとするガンドルだったが。


「邪魔だこら!」


 今度もガンドルの尻に、ローキックが炸裂する。


「あっ痛ッ!?」


 それを放ったのは、ピンク生地に黄色い花の刺繍が入ったエプロンをした、カンナさんであった。

 白髪のポニーテールをなびかせながら、ガンドルへと指を差す。


「ガンドル! お前、よくもアタシを勝手に賭けてくれたな!」


 しかしガンドルは蹴られて怒るどころか、むしろカンナさんを前にして喜んでさえいる。


「カ、カンナじゃねーか! 久しぶりだな、元気してたか?」

「うっせー元気だよ! というか、こっちもアタシを賭けるんだから――お前も何か賭けろよな!」

「いや、カンナ。オーガの決闘で女を賭ける場合は、1人って決まってて……」

「そりゃ未婚の女の場合だろ? アタシは、このバルドともうしてんだぞ」

「うぐっ」


 という単語を余程聞きたくなかったのか、思わず顔をしかめ、手で顔を覆うガンドル。

 

「他人の女を奪うってんなら、お前も相応の何かを賭けて貰おうか」

「えぇ……いきなりそう言われてもなぁ……」

「ハッ! じゃあ、こっちが負けたら、そっちの店の傘下に入ってやるよ」


 いつの間にか戻ってきていたモナカは、不敵に笑ながらガンドルの横へ立っていた。

 

「ちょっ、姐御。いつの間に――」

「お前が帰って来ねーからナニしてんのかと思ってな……おもしれ―話してんじゃねーか」

「というか、傘下って……」

「こっちが勝つんだから問題ねーだろ」


 そう言って前に出てくるモナカ。

 

「ほぉ。そりゃ豪気だねぇ」


 こちらも前に出ていくカンナさん。

 

「アンタが噂のカンナさんか――ハンッ。ちょっとウチが傘下じゃ、釣り合わなかったかねぇ」

「――ちっちゃいお嬢ちゃん。負けた時の言い訳、ちゃんと考えておくんだよ」


 カンナさんも小柄な方だが、モナカは頭1つ分は身長が低い。

 正直、初見では中学生かと思ったくらいだ。


「誰が小さいだってぇ……そっちが負けたら雑用たっぷりして貰うから、覚悟しときなよ」

「ふん。ウチの男が作るらーめんに勝てたらな。まぁ、無理だろうが」


 一瞬の間。

 

「フフフ……」

「ふふふ……」


 互いに顔を近付け、腕組みをしながら睨み合う両者――。

 当事者である大将とガンドルは……互いに深いため息をつくのであった。

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