異世界への鍵を持つ者達10

 その日の夜――。


 時間に関しては芝田が置いていった安物のデジタル時計のおかげで分かるが――方角は、どっちだろうか。

 確かここに来る前に太陽が沈んだのはあっちのはずだから――。


 「ここか、いやここ……」


 時間になったのでテキトーに叩いてみる。

 それを何回か繰り返すと――。


「……!」


 2回ノックすると、微かだがノックが返ってきた。

 しばらくすると――石のブロックが2つ分ほど下へ外れ、なんと先ほどのマスターが顔を出したのだ。


「……」


 マスターは無言で俺1人に着いてこいとジェスチャーをするので、羽柴は起こさず狭い隙間を通り下へと降りる。

 そこにも人間1人が腰を屈めてようやく立てる程度の高さしかトンネルが続いていて――四つん這いになりながら移動していると、少し開けた穴に出た。

 そこには――作業服の店で揃えたようなカーキ色のツナギを着たモナカが、不安げな表情のまま体育座りでじっと誰かを待っているようで――。


「せん、先輩……」


 こちらに気付き、満面の笑顔になりそうなところで――それを引っ込めてしまった。

 

「こほん――どうやら無事そうで良かったよ」

「ギリギリでしたけどね」

 

 自身の頭に巻かれた応急措置の跡を触る。さすがに血は固まり黒く変色しているが――さすがに医者の下でキチンとした処置をして貰いたい気分だ。

 マスターも俺達の前に座り胡坐をかく。

 

「まさかウチの酒場で盗み食いしてた嬢ちゃんが、お前の友達だったとはなぁ」

「……なにやってるんですか」

「――い、いやだって……あの日は朝のアンパン以外ほとんど食べてなかったし……」


 顔を少し赤くしながらも、誤魔化すように声を荒げるモナカ。


「そ、それよりアグリだ。あの女、先輩助けて欲しいって言ったのに全然動いてくれなかったし! そのせいでアタシは1人でここに潜入する羽目になって……まぁ色々あってマスターに捕まったけど……」


 単身でここに乗り込んでくるのはなかなかの蛮勇だとは思うが、それでも俺の身を案じてくれたのは素直に嬉しく感じる。

 

「――この間のボヤ騒ぎから酒場に戻ると、厨房の下で作りかけのカレーうどん食ってた時は驚いたぞ」

「でも、突き出さなかったんですね」

「嬢ちゃんの雰囲気が、どこかお前やボスに似てたからなぁ……今はここもドタバタしているし、とりあえず俺の家で匿ってたんだ」


 その機転のおかげで、彼女も俺らと一緒に牢獄へ入れられなかったのだ――マスターには感謝しかない。

 ただ、気になる事がある。

 

「――この抜け道はなんなんですか。さすがに2、3日では掘れないでしょう」


 ここはあの屋敷が建っていた巨大な岩盤だ。

 道具を使っても、例え魔法を使ってもバレずに工事する事は不可能だろう。

 

「この本拠地がある場所は――魔王軍が捕虜の中でも、特に素行の悪い者を捕まえておく為の牢獄みたいなもんだ」


 マスターはあまり言いたく無さそうな表情で、説明をしてくれた。

 

「――ここの岩場にある独房もその1つだ。その上にボスが屋敷を建てたんだが……その捕虜が何十年もかけて掘ったこの脱獄用のトンネルの存在は知らなかったようだな」

「……それを知っているマスターはなんなんだよ」

「――ここの組織の連中の一部は、元々はこの町の住民だ。戦争が急に終わり、魔王軍もここを放棄して……その後にボスがやってきて、色々と言い包めて――そのまま反抗組織の町に作り替えてしまった――」


 魔王軍側も、まさかこの町に捕虜達がずっと住み着いているとは思いも寄らなかっただろう。

 

「俺はここの捕虜の、子供だ」


 捕虜といっても、そもそも利用価値の薄い一般人らだ。

 だからといって無条件に解放するのは魔族のプライドが許さない。なので塹壕や堀の作る為の人手として駆り出されたり、矢や衣服を作ったり――そういった作業をここでやらされていた。

 結局解放する事は無く、捕虜同士で家庭を作り、捨てられた資材などで家を作り――そうやってここは出来上がっていったのだと、マスターは説明してくれた。


「だからよ、料理なんか魔族の連中が作っているのを見様見真似でやってたんだぜ」

「それだけであれだけ美味しいカツを揚げれるのは、見事なものです」


 そう褒めると、マスターも満更ではない様子だ。

 

「……ちなみに2日前から食い物にメモ仕込んでたんだぜ……先輩、気付いてた?」


 そのモナカの言葉に、一瞬俺の身体は固まった。

 

「――いえ全く。マスターの助言が無ければ、今日も気付いてませんでした」

「はぁ~……やっぱかー。全く反応無かったもんなぁ」


 器用に小さく折り畳まれた紙だ。

 本当に、何も気付かず食べてしまっていた。

 しかし食事にあまり集中できない理由もあったのだ。

 

「えぇ。日中は魔法を習得するべく、訓練してましたから」


 ちょっと得意げに言ってみたものの、モナカは動物園の珍しい動物でも見るかのような目で、こちらを見てきた。

 

「……魔法? ちなみに成果は?」

「――えーっと……」


 一瞬だけ言葉に詰まると、モナカは手を振って来た。

 

「はい分かった。先輩――ちょっと現実見た方がいいっすよ。いい大人が魔法の練習とか――」

「いや、でもあの老人が料理は血肉になるって言ってたし……」

「じゃあカスミ食ったアタシらは仙人になれるのかよ。異世界人とは根本から身体の作りが違うんだから、無理無理の無理よ」

「でも本当に無理かは試してみないと――」

「アタシが毎晩あれだけ頑張っても出来なかったんだから、無理だって」


 練習してたんだ。


「お前ら、イチャイチャするのはいいけどよ」

 

「してない」「してません」

 

「とにかくお前らはここから脱出しろ。あのサルみたいな男もだ。このトンネルはそのまま本拠地の囲いの外へ出れる――罠があるが、俺が用意してきた地図の通り進めば、河に出る。河沿いに行けば、巡回している騎士団に見つけて貰えるだろう」

「それでは、ダメです」


 このままでは、この本拠地は芝田により“処分”される。

 何より、俺達を逃がしたせいでここの人達に多大な迷惑が掛かるだろう――最悪、腹いせに何人かその場で処刑されるかもしれない。


「……俺達の事はいいんだ。どうせ帰る国も無い連中ばかりだし、他は武器持って暴れたい奴はどうしようもない連中だ。死んだところで、誰も悲しむ奴は居ない」


 ハッとなり、マスターの顔を見る。

 もしかしたら、自分らがこの後どうなるのか――気付いているのかもしれない。


「――それならなおの事、ダメです。私が悲しみますよ」

「アタシだってそうだよ」

「お前ら……」

「あの芝田が話した計画、ここでお話しします」


 芝田が得意げに語った異世界から持ってきた武器を使ったプロモーション計画。

 自前で用意した魔獣を使って、ここの本拠地を襲わせ暴れさせる。それを巡回している騎士団に目撃させ、戦闘を行わせる。

 その魔獣によって騎士団が敗走したところで、自前の武装集団で救援に入る事で武器の威力を見せつけながら、騎士団へコネを作るつもりなのだという。


「あのキツネ野郎。んな事考えてたんか」


 モナカは憤慨し、マスターは想像はしてたのか厳しい顔のままだった。

 

「私も捕まえたのは、アグリさんやジョニーを利用したいかららしいですよ」

「はぁ。でも、今はそれ止められないんだよなぁ」


 ため息をつく彼女だったが。俺には1つの妙案があった。

 現実味の無い魔法の習得などではなく、今度こそちゃんとした案だ。

 

「いえ、モナカがここへ来てくれたおかげで止める事ができますよ」

「なんでだよ。アタシにも日本の重火器持って来いとか言うんじゃないよな、先輩」

「――アグリさんに伝言を頼まれてくれますか」


 そう言うと、モナカはその意味が分からないようで――。

 

「いや、あの女は動かねーよ。だって騎士団所属だし」

「いいから――紙と書くものはありますか」


 モナカはショルダーバッグから破った形跡のある手帳と、ボールペンを手渡してくれた。

 俺は少し時間をかけて、ある文章を書いたのだ。

 

「……これでよし。これを渡してください」


 手帳にそのまま伝言を書き、それを手渡す。

 

「――よく分かんないけど、じゃあちょっと行ってくる」

「マスターは彼女に、どこかの家まで案内してあげてください。私は牢獄に戻りますので」

「分かった――」

「モナカ。芝田の言う決行の日は明日です……頼みました」

「……この案件が終わったら、飯奢って貰うからね」

「――分かりました」


 こうして彼女に伝言を託し、俺は牢獄へ戻る。

 石ブロックも落ちないように向こうから固定して貰った。

 変わらず大きな寝息を立てる羽柴の横で、俺も横になるとする。


 すべては、明日だ――。

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