異世界への鍵を持つ者達9

 投獄生活2日目。

 

「グッドモーニングです。オダナカさん」

 

 昨日あれだけ演説をしていた芝田が、再びやってきた。


「バカのせいで言い忘れていましたが――オダナカさん。貴方、ウチの正義の武装集団へ入りませんか」

「え?」


 朝早い――のかどうかも分からないが、まだ羽柴はいびきをかきながら寝ている。

 俺は固い石のブロックの上に雑魚寝をしなければならないのと、まだ少し頭の怪我が痛むせいで早めに起きていたのだ。

 

「そこのバカには昨日話した通り、死んで貰わないといけません。計画ではここの処分ついでにアナタも始末しても良いのですが――それではわたくしも旨味が少ないし、アナタも死にたくはないでしょう」

「……確かに死にたくはありません」


 そう答えると、満足したように芝田はニヤりと笑い――こちらへ顔を近づけてくる。

 

「そうでしょう。ですので、計画に協力してくれませんか? アナタのコネと――わたくしの計画があれば、大量のお金と権力を手に入れる事も夢ではありません」

「んあ? うわっ芝田じゃねーか!」


 後ろで羽柴が起きたようだ。

 

「チッ。うるさいバカが目を覚ましたか――オダナカさん。今の話、前向きに検討しておいて下さい。そうですね。ここに後で日付を示す時計でも置いておきましょうか。決行の日は7日後なので――」


 芝田が部屋から出て行ったその後、あらくれ者が朝食と一緒にデジタル置時計を置いていった。

 今は朝の7時半。4月30日――。


「おいおい。話ってのは、なんなんだ?」

「――彼の武装集団へ、仲間入りを誘われました」


 そう答えると、羽柴はしんみりとした顔つきになる。

 てっきりその事を咎めてくるかもしれないと思ったのだが――。

 

「……そうか。良かったなオダナカ。ここから無事出られそうで」

「――いえ。武装集団に参加なんてまっぴらごめんですし、それだと貴方が助からないでしょう」

「オレの事は気にすんなよ。ここから脱獄とか道具も鍵も無いしなぁ」


 確かに手持ちには何も無い。全部奪われてしまった――。


「あーオレも魔法とか使えたらなー」


 その言葉を聞いて、まだ頭痛のする頭の中で――閃くモノがあった。

 

「――それです」

「ん?」

「ここから脱出できる唯一の方法――それは魔法しかありません」


 ◇

 

「はっきり言って魔法どころか、魔力コントロールとか原理なんかも分かりません」

「そもそも日本人であるオレ達には魔力なんか無いよな」

「無いですね――しかし、これはある老人が言っていた言葉なんですが――」


 ”今まで食べた料理は全て血肉となり、記憶となり――ヌシらの身体の内にある”


「それでこの間、芝田がこう言っていたんです」


 ”エビやブリなどの稚魚を異世界へ輸入し、異世界産の魔力を含んだエサで育てる”


「まぁそれはオレがやってた事だけどな」

「つまりこちらの食材は、魔力を含んでいるという訳です」


 うーん、と唸りながら顎に手を当て考える様子の羽柴。

 

「――その食材を使った料理食べないといけないんだろ? オレ結構こっち長いけど、なんかこっちの食材、怖くて食べてないんだわ。なんか野菜もウネウネ動いてるし」

「私は――約1年くらいこっちで料理を食べ続けましたね」


 少しだけ自慢げに言うと、羽柴は驚いたように声を漏らす。

 

「えっ、すげぇ」

「あと少し前に、あるモノを食べたんですよ。それも結構いっぱい」


 そういう反応をされ、ついついさらに言葉を重ねてしまう。

 これでは芝田を説明バカとも言えないだろうな――。

 

「なにを?」

「本です。魔法書と呼ばれる、こちらの世界で魔法を使う為の呪文やコントロールの方法が書かれた技術書、とでも言いますか」


 これには案の定、羽柴も食いついてきた。

 

「――待ってくれ。本って、あの本だろ? 食べた? 本を?」

「はい。意外と美味しかったですよ」

「――マジか」


 どのような食事風景を思い浮かべたのか「うへぇ」という顔をしている。

 まぁ本をバラバラにしてシチューにして食べたなどとは、夢にも思わないだろう。

 

「……ただ本を食べる事と魔法の習得にはなんの関連も無いと、魔法学校の教師に言われましたが」

「うん? じゃあ、なんの意味があって食べたんだ?」

「そこはまぁ色々と――しかし、その時に幸いにも魔法を発動させる呪文を知る事が出来ました――後は、なんとかして魔力さえコントロールできれば……」


 もう残された時間は多くない。

 それでも、なんとかして自力でここを脱出するしかない。

 でなければ――ここの人達が大勢死んでしまう事になってしまう。


「試してみるか……」


 頭の傷の事もあるが、いつまでも寝ていてはいられない。

 前に魔法学校生のペリコから、簡単な魔法コントロールの方法を聞いた事がある。


「静かに瞑想して、自分の中にある魔力の存在に耳を傾けて――」


 1時間くらい座禅を組んで目を閉じ、自分の中にあるはずの魔力を感じようとするのだが。


「――何も感じない」


 そもそも日本人に魔力を生み出し貯蔵しておく内臓、みたいなものは無いだろうし、果たして本当に魔力が自分の中にあるのか――正直懐疑的ではある。


「いや、信じるしかない――」


 この日は、ただ座禅して瞑想するだけで終わった。


 ちなみに夕飯はマモノ肉のカツサンドだった。

 あのマスターが作ったのだろうか――非常に美味かった。


 ◇◆◇



 投獄生活3日目。


 幸いにも鉄格子の外にも監視役は居なかった。

 これで心置きなく、魔法の修行ができる。


 健康な肉体には健全な魂が宿る、というのは有名な名言だろう。

 であれば――筋トレをしていれば、あるいは自分の魔力がこう、育ったりしないだろうか。


「に、にじゅうご――」

「きゅうじゅうきゅう、ひゃく! いやー、やっぱここに居ると鈍るなー」


 腕立て伏せをやってみるのだが、当然しばらくまともな筋トレをして来なかったツケは、重かった。


「にじゅう、ろく――」


 30回で限界であった。

 この日も座禅をしてみたが、自分の中に魔力というものは感じられなかった。


 朝飯はレーズン入りバターロールパン。

 夕飯は香味野菜入りの焼きうどん。マモノ肉で作ったチャーシューが塊で入っている。


 ◇◆◇



 投獄生活4日目。


 そういえば前に、ガンドルが言っていた言葉を思い出す。


 身体強化魔法は自分の身体の延長線上にあるので、コントロールがしやすいと。

 

 こう、バトル漫画のように自分にオーラを纏うようなイメージをしてみる。

 立ち上がり、気合を溜めるようなポーズ。

 なにか両手を合わせて飛び出さないか試してみたり、両手を合わせて床に手を置いてみたら何か出たりとか――。


「おっ、それ芝田の奴がたまにやってたヤツじゃねーか。アイツ会社の裏でたまに練習してたけど、あれって魔法の訓練だったんだな」

「……」


 朝食は山羊か何かの乳が入ったコーンフレーク。

 夕飯はシンプルに卵と何かのスープで綴じられたカツ丼だ。衣はしっとりとして美味しい。


 ◇◆◇

 

 投獄生活5日目。


 そろそろ何かを掴みたいが、何もキッカケが分からない。

 魔力の存在を確認しても、それを使って魔法を発動させなければならない――時間の猶予はもうあまり無い。


 しかし、今日も特に目立った進展は無いまま、夕食の時間となり――。


「おい新人」

「貴方は……」


 いつも飯を持ってくるのは、日替わりで違う人達だった。しかし必ず2人組。

 芝田は決行の日まで、もう俺らには会わないつもりなのだろうか――こちらにとっては好都合だが。

 そして、今日夕食を持ってきてくれたのは――あの酒場のマスターと、目つきの悪いオーガの男性だった。


「まさか、お前がボスの言ってた罪人だったんか」

「そうらしいです」 

「私語は慎め」


 警棒のような武器を片手に、オーガは俺とマスターへ威圧してくる。

 

「はぁ――じゃあ、今日の夕食ここに置いとくぞ」

「ありがとうございます」

「――そのカツ、料理人としての意地が入っているから、よく噛んで食べるんだぞ」

「おい」

「分かってるよ……」


 そう言ってマスターとオーガは部屋を出て行った。

 トレイに乗った皿にはあの日食べた、マモノカツ乗せのカレーうどんが入っていた。


「うわっ、美味そうだな」

「えぇ。あのマスターさん、料理人でもないと言いながらこんな美味しい料理を――」


 そこで少し引っかかる。

 そもそも彼は料理人などではなく、ボスに任命されたから酒場をマスターをやっている訳で――意地とかそういうプライドがあるんだろうか。失礼な話だが。


「よく噛んで食べる――」


 そう言われ、何か考えがある訳では無いのだが――マモノカツの衣を剥がし、肉の中身をフォークで穿っていると――。


「行儀悪いなオダナカ」

「――これは」


 肉の間に挟まった、紙片が出て来たのだ。

 小さく折り畳まれ、何も知らなければそのまま食べてしまうところだった。


「――『丑三つ時の頃に北東床へノックを2回』。これは」

「どうしたんだ小田中さん」

「いえ――なんでもありません」


 そのまま紙を再び口の中へと放り込み、そのまま他の食事と一緒に、飲み込んだ。

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