第28話

異世界への鍵を持つ者達11


 投獄生活6日目。

 

「さぁて。アナタ達には、仕事をして貰わないといけません」


 決行の日までに姿を現さないと思っていた芝田が、4人ほどの部下を引き連れて地下牢獄へとやってきた。

 部下は人間、ドワーフ、オーガ、犬獣人と人種も見た目もバラバラだが、ライフルなどの銃を背中に背負っている点だけは同じだった。

 抵抗は無意味であるとよく分かる。


「しっかし臭い、臭すぎる」


 鼻を摘まんで手で扇ぐ仕草をする芝田。


「そりゃ、おめぇが風呂に入れてくれなかったせいだろ! 便所はそこの個室のツボだしよぉ」

「――ですので、今からアナタ達には、お風呂に入って身なりを整えて頂きます」


 その言葉に、俺と羽柴は顔を見合わせるのだった。

 

 ◇

 

 実に6日ぶりのお風呂に入ったので、心身共にさっぱりした気分だ。


 こちらの世界では風呂をどうしているのかは分からないが、浴室には男2人で入ってもまだ余裕がある程度の広さがある浴槽があった。

 風呂上りには、俺は医者らしき人が魔法で傷跡を治してくれた――もちろんその間も他の監視に見られながらだが。


 次に派手な造りの洋室へと通され、日本で買ったのかスーツ一式や白いカッターシャツがハンガーに吊るされていた。

 俺は丁度良かったが、羽柴の着ているスーツがかなり短い――完全にサイズが合ってないが逆に面白く見える。


 ◇


 コンコン――。


「入ります」

「どうぞ――お2人は、こちらにお座りください」


 男達に付き添われて入室する。

 その部屋に入り、芝田に促されるまま部屋の真ん中にある豪華そうなソファへと座る。

 俺と羽柴の後ろには、銃を構えた2人が立った。

 低めのテーブルを挟んで、芝田は玉座のように立派な椅子に座っている。


「では。今日までアナタ達を生かしておいた理由が、こちらになります」

「なんだこれ」

「委任状ですよ。羽柴社長は会社の権利と資産をのすべてを、このわたくしに譲るという、ね」

「……分かった」


 ちらっと一瞬だけ後ろの男達を見て、やはり抵抗するだけ無駄だと悟ったのか大人しく書面にサインを書いていく羽柴。


「こちらはアナタの部屋から持ち出した印鑑です。こちらもお願いします」

「……あぁ」

「それと後で、残された社員の皆様に最後のご挨拶と、わたくしに社長を引き継ぐ件などの撮影があるので。ちゃんとネクタイなどの身だしなみは整えるように」

「分かったから、そう細かく言うなよ」

「では――オダナカさんにもこちらを書いていただきます」


 『正義の味方『白き戦士』への加入を希望する』

 

 テーブルの上に出されたのは加入申請用紙と、契約内容などが記された紙だった。

 紙自体は少し色味の付いていて、文字も全て異世界の文字で書かれている。もちろん鍵の力のおかげで文字自体は読めるので問題は無い。


「先に言っておきますが……これはただの紙ではありません。お高い値段で購入した、魔法の契約書です」

「魔法……」

「呪いの契約とでも言い換えましょうか。ここに書かれた内容を履行しなければ、対象者の命を奪う極めて危険な代物です」

「なるほど……」


 例えば、表向きは従う振りをして書面にサイン。後で機を見て逃げる事などは出来ない訳だ。


「まぁ基本的にわたくしの命令に背く事さえなければ、命まで奪われる事はありませんのでご安心下さい。オダナカさんも普段通りの生活を続けて頂ければ良いです」


 そして有事の際には呼び出して、いい様にこき使う訳だ。


「では、そちらへお名前をどうぞ――」

「分かりました」


 とはいえ、こちらも拒否はできない。

 後ろの男達相手に何かできる訳がないし、断ればその場で殺される可能性もある。


「しかし……このような魔法の契約書、手に入れるの大変だったでしょう」


 そのような感想を述べると、思った以上に芝田は食いついてきた。


「おお分かりますかオダナカさん。そうなんですよ――あのイカれエルフ共にわたくしが頭を下げて、ようやく言い値で買ってきたんですよ。契約文章も異世界の言葉で書かねばならず、魔法のインクを使わなければダメで……それはもう大変でしたよ」


 もの凄い早口で説明された。


「私も……こちらでは商人という事になっているので、前は魔法の道具を所望される事も多くて……道具を売っている店に行くと、凄い高いんですよね」


 そういった話をしながら、用意された羽ペンに透明のインクを付け、名前の欄に俺の名前を書いていく。恐らくこれが魔法のインクなのだろう。

 漢字で「小田中雄二郎」と書き終えると、隣に朱肉を用意される。


「では判子は用意できなかったので……拇印で構いませんよ」

 

 朱肉に親指を付けて、強めに名前の後ろに押す。

 そうすると、一瞬だけ紙が光ったかのように見えた。


「はい、これで正式に契約成立です――では今からオダナカさんは客分なので、ちゃんとした部屋へ通してあげます。おい、案内しろ」

「はっ」


 芝田が後ろの男の片方へ声を掛けると、男は部屋の扉を開ける。

 促されるまま部屋を出て、少しだけ後ろの振り返る。

 微笑む芝田と、背中を丸くして書類を書く羽柴の後姿だけが目に入り――扉は閉められた。


 ◇◆◇



 その日の夜。

 

「明日は決行の日。今宵は遠慮せずに飲んで下さい」

「シバタ――じゃなかった。キリト様、あざーっす!」

「もちろん明日の時間までに集合できない者は――ここと運命を共にして貰いますからね」

「……うぃーっす」


 屋敷のある食堂に集められたならず者達は全部で8名。

 それらが日本から持って来たであろう揚げ物の盛り合わせや、ジャガチップスなどのお菓子。缶ビールの酒などを楽しんでいる。


「さて、オダナカさん。我々はこちらで楽しみましょうか」


 先ほどの自室まで来ると、こちらは少し高そうなワイン。それとツマミにするのかハムやチーズなどの盛り合わせが用意されていた。

 昼間のように互いが向き合うように椅子とソファへ腰掛ける。

 

「では我々も乾杯しましょうか――」


 ビンのコルクを抜き、ガラスのグラスへと注がれたワインは――血のように赤かった。


「乾杯――」


 正直ワインの良さはあまり分からないが……美味しくはあると思う。

 こんな状況でも無ければ、もう少し味わる事も出来ただろう。


「……もう契約も済みましたし、鍵とスマホを返して貰ってもいいですか」

「まぁスマホはいいでしょう。しかし、鍵はダメです。少なくとも今回の仕事が終わるまでは……」

「鍵って、他人にも扱えるんですか?」


 羽柴と俺の鍵を奪ったのは逃走防止が1番の理由だろうが、今となっては逃げる事は叶わないのだ。

 それでも尚、鍵を渡さないのは――。


「鍵に設定された能力。例えば羽柴の鍵は“商品を欲しがっている人”、アナタのは……」

「食べたい料理がある場所へ連れて行ってくれます」

「そんな能力だったんですか……まぁいいでしょう」


 ワインを飲み、適当にツマミを食べながら芝田は説明していく。


「とにかく人によって違いますし、他人の鍵の能力は使えません――が、鍵そのものは自分の能力と同期する事が可能なのです。これは羽柴の鍵で、実際に試したので間違いありません」

「同期?」

「他人の鍵も、自身の鍵と同じ能力が発揮できる訳です。そして、これもアナタは知らないでしょうけど――鍵1本につき開けられる扉の大きさに制限があるのです」


 開けられる扉の大きさ――。


「1本だと、オーガが1人通れる程度の扉が開けますが――3本もあれば、もっと大きな扉が開く事ができるのです」

「……例の巨大魔獣をそれで呼び寄せる、という訳ですか」

「その通りです! あのバカよりは物分かりが良いですね。アナタを誘っとおいて正解です」

 

 俺達の鍵を狙った理由が分かった。

 前もって扉の開く先を指定しておけば、同じ黒い鍵3本で大きな扉を準備しておけば――開く事ができる。

 そうなれば、扉さえあれば世界中どこでも魔獣や武装集団を送り込む事ができるのだ。

 

 それこそ――魔王の城でも、王国の中心部でも。

 

「魔王軍の所有する鉱山より、魔晶石を盗み出し、それを魔獣のエサに混ぜる事で育成する。稚魚より育てた魔獣を調教するのも大変でしたよ――ああ、ようやくこの日が来たのですね」


 酒の影響か、少し熱が入ったように悦に浸る芝田。

 俺も表面上は合わせて会話をしているが、内心では不安と焦燥でいっぱいだ。

 伝言、間に合ってくれていればいいのだが――。


「では改めて、明日の作戦の成功を願い――乾杯」

「――乾杯」


 正直、酒の味は全くしなかった――。

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