第15話
犬獣人とドーナツの穴を食べる1
たまに雪がチラつく日もある2月某日。
今のアパートに引っ越してきて1年が経とうとしている。
この“鍵”を受け取って1年――本当に色んな事があった。
そういう節目だからという訳ではないが、俺はいつものように異世界へとやってきていた。
「知っていますかオダナカさん」
「うん?」
ここはオーガの店主がやっている、もうお馴染みとなっているラーメン屋。
今は丁度ピークタイムを過ぎ、客もまばらになってきた頃だ。
ラーメンを食べ終わる頃、隣に居た同じように常連の――たまに話をする程度の間柄の、青毛の犬獣人の青年に話しかけられた。名前は確か……忘れた。
普段は土木か建築か、そういった仕事をしているのか。上はツナギ、下はニッカポッカのようなズボンを履いている。
「友達から聞いた話なんですけど……市塲の一角で、夜な夜な不思議な屋台が出るらしいんですよ」
オバケが出る、みたいなノリで話しているが……ただの新屋台の情報だった。
「屋台って、どんな料理を出しているんですか?」
「あまり大っぴらに出回らないマンドラゴラとか、ハーピーの卵とか色々あるらしいけど――1番人気は“ドーナツの穴”らしいですよ」
「ドーナツの、穴……」
ドーナツ。
小麦粉、砂糖、バター、卵で作られている、日本でも一般的な菓子のひとつ。
専門店で女性客が行列になっているのをよく見かけるし、コンビニでもよく売られている。
その形状も色々とあるが、やはりドーナツと言われて思い浮かぶのはリング状のモノだろう。
「……ドーナツの真ん中って空洞。つまり穴が空いてますよね」
「そうなんですよ。オレも行った事ないんすっけど、穴空いているのにどうやって穴を食べるのか……」
対して気になる事でも無いはずだが、そう聞かれると気になってくるのは何故だろうか。
2人して腕組みして考える。
「……ドーナツって成形する時に、真ん中をくり抜きますよね。それだけ揚げて作ってるとか」
「それじゃドーナツの穴って言わなく無いです? ただのドーナツの余った部分ですよ」
それもそうだ。
次に彼が解答を出した。
「……食べたら美味しい獣の事を“鳴き声まで美味しい”とかって言うんですけど。ドーナツ食べたら穴まで美味しい~……とかどう思います?」
「そういう宣伝文句だと、ドーナツの穴が1番人気とは言わないんじゃないかなぁ」
全然分からない。
けれど彼の言う通り、そもそもドーナツの穴とは
それとも、ここは異世界だ。魔法的な何かで、実際に穴が食べられるのかもしれない。
「なんだなんだ。2人して、なに話してるんだ」
ラーメンを片付けに来た店主がやってきた。
「いやね大将――」
犬獣人の彼はドーナツの穴を出すという不思議な屋台の話をする。
「ああー。その話、最近お客がちょくちょく話しているの聞いた事があるな……」
「大将は行った事あるんですか?」
「いいや全くないな……あまり食べる機会のないマンドラゴラとかの方が気になるがな」
「ちょっと行ってみませんか?」
「店閉めたら仕込みがあるから、2人で行って来いよ。後で食べた感想を聞かせてくれや」
そう言って大将は丼を片付けに厨房へと下がっていく。
「確か。明日、その屋台が来る日らしいんですよねぇ。行ってみますか?」
「そうですね……では、明日の晩、この店の前で落ち合いましょうか」
しかしそれまでこのモヤモヤを抱えるのは、少ししんどうかもしれない――。
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