女騎士とレストランへ行く3
「ここが紹介したかったお店です」
「こ、ここがそうなんですか」
彼女は既に平常心を取り戻しているようだが、俺の方はまだ若干引きずっていた。
その店は他の建物同様、赤いレンガのような造りで出来ていた。
少し小さなお洒落なレストランのような店構えだ。
彼女が扉を開けると、
カランカラン――。
「あら、アグリちゃん。いらっしゃい」
ウェイトレスの格好をした、恰幅と気前の良さそうな妙齢の女性が出迎えてくれた。
「ロイミーおばさん。例のヤツ、準備できてます?」
「もちろんよ。ほら、そこでボサっとしてないで、アンタも入って来なさいよ」
「は、はぁ……」
店内も年季の入ったレストランといった雰囲気だ。壁には古びた手紙や、肖像画などが飾られている。
その中でも目を引いたのが肖像画だ。若くほっそりとした美しい女性で、どこか品のある顔立ちをしている。どこか有名な貴族の令嬢だろうか。
「――それ、若い時のロイミーおばさん」
「…………コメントは差し控えます」
「ふふっ」
いたずらっぽく微笑む彼女は、どこか新鮮だった。
思えば、これまで彼女に限らず異世界の住民達とは、あまり深入りを避けた立ち回りをしてきた。
あくまで共に飯を食べる事もある隣人。
その基本的なスタンスは、変えるべきではないとは思うが――その関係を前に進めるべきなのだろうか。
もしかしたらここに連れて来たのも、彼女にはそうした考えがあっての事なのだろうか。
「そういえば、アグリさんはなんで私をこの店に連れて来てくれたんですか?」
「……ここの店は、私が小さい頃からよく通っていて――」
やはり自分の事を知って貰いたいという思いがあるのだろうか――。
「それで、この間オダナカ殿から譲って貰った絵本を参考に、コメ料理を作って貰ったんですよ!」
「――うん?」
「いやー。いきなり白い粒の入った袋持ってきて『おばさん、ちょっとこれ使ってコメ料理作って』っていうんだもの」
そう言いながらロイミーさんは、『男なら誰でも憧れる飯レシピ』という本を片手に、大量の羊皮紙と共にテーブルの上に乗せた。
このレシピ本――。
男はある日突然、料理に目覚める事がある。
チャーハン、ラーメン、燻製、ステーキ――脱サラして蕎麦屋を始めるなんて分かりやすい例だろう。
無駄とも思えるくらいのこだわりを、情熱を持って料理を作る。
昔、俺にもそういう時期があった。
中華の本格的な調味料や、鉄鍋を購入して本格チャーハンの作り方を調べ、それを自分で食べて満足する。
だが仕事の忙しさも増す中、そういう事も出来なくなっていき――鉄鍋は中古出品サイトで売ってしまった。
レシピ本も、本棚で埃被っていたのを、年末に彼女が見つけたものだった。
「この絵本、手順を絵で説明してくれてるのはいいんだけど、文字が読めなくてね」
「それを私が頑張って書き写しました。あの日以来、何故かこの文字が読めるんですよ」
あの日とは年末の事だ。
例の鍵の効果だろう――そういえばアグリさんも、ジョニーもあの鍵を大家から渡されたのだろうか?
あれ以来、相変わらず俺が食材を卸しているが、2人が日本へ行ったという話は聞かない。
「それでも分からない部分が多かったけど、旦那と協力してなんとか試作品が出来たから、ちょっと味見して貰いたくてね」
「それで、今日はオダナカ殿も呼んだ訳です!」
「……なるほど」
先ほどまでの見当違いな考えは忘れ、俺は目の前の状況に集中する事にした。
「じゃあ、ひとまずコレを食べて見てくれ」
2枚の皿に盛られたピラフのような料理が運ばれてきた。
焦がしバターの香りがまず漂ってきた――その時点で、否応に食欲が湧いてくる。
「どうぞ召し上がれ――ウチの旦那特製の“ボアピラフ”さ」
厨房の方から、たくましい体つきの髭の生えたコック帽の男性が、ぐっと親指を突き出している。
「では――」
「「いただきます」」
早速スプーンでピラフをすくい、口の中へと入れる。
バター特有のコッテリとした味、それと塩とスパイスの程好い塩梅が広がってきた。
咀嚼の度に具材の味が染み出て来る。
たまらず2回、3回とすくっては食べる。
炒り卵、チャーシューのような角切りの肉。人参、キャベツ、豆も入っている――。
「鶏卵にキラーボアの角切り、キャロゴラと葉野菜を刻んだもの、茹でた緑豆を入れてさっとバターで炒めたのさ」
「キャロゴラとは?」
「マンドラゴラを錬金術で改良して、頭を無くした品種さ。抜いても叫ばないから、街に近い場所でも育てられるって訳さ」
「これは、美味しいでひゅよロイミーさん、旦那さん!」
「そうかい。しかし、相変わらず美味しそうに食べるねぇアンタ」
「……アグリさんは、いつも楽しそうに食べますよね」
「ほうですか?」
頬に米をくっつけながら首を傾げるアグリに、俺とロイミーさんは苦笑をするのであった。
「このコメってのは水加減が難しいね。あと、これだけで食べるのは若干匂いが気になるねぇ」
「そうです? 私は気にならないですけど」
「水分も多いと感触が悪いし、水分少な目にして炒めたりすれば全然気にならないけどね」
日本人は昔から慣れ親しんでいるので気にはならないが、炊き立ての香りを苦手に感じる海外の人もいるという。
こちらはパンや麺、パスタのようなものはあるが、米は無い。
異文化の食材は、いきなり受け入れはしないだろう。
俺は美味しければそれでいいが。
「よし、アンタ! 次の料理も準備できてるだろうね!」
再び厨房から、ぐっと親指を突き出して返事をする旦那さん。
「ミルタウロスの乳を使ったクリームリゾットだよ。チーズもたっぷり入れてボア肉とジェロイモ、キャロゴラを煮込んであるよ」
小さめの鍋を持ってきてくれた。
フタを開けると、クリームとチーズの優しい匂いが湯気と共に飛び出してくる――。
これもまた美味しそうである。
「「いただきます」」
こうして、俺とアグリさんは腹いっぱいになるまでコメ料理を堪能したのだった。
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