女騎士とレストランへ行く2
「さて……今日は何を食べるかな」
貰ったチョコは通勤用のリュックの奥深くに眠らせて、俺は異世界へとやってきていた。
特に何かを想像していた訳では無いが、扉を開いた先はいつもとは違う所へと出たようだ。
ここは公園の物置のようだが、公園の向こうには小高い丘の上に建っている城と城下町が見える。
「確かリオランガ城と誰かが言っていたか……」
という事は、ここはいつもの大将のラーメン屋などがある街で間違い無いようだ。
さらに目の前には大きな広場があり、そこに見覚えのある即席の小屋が、職人によって建てられているようだ。
「何かの祭りの準備か……」
「おー、オダナカさんじゃねーか」
青い毛の犬獣人の職人が声を掛けてきた。
「あぁこの間の……ええっと」
「プルーだよ。あれ、自己紹介まだだっけ?」
「そうでしたプルーさん」
前回の時点で覚えて居なかったのだが、そこは内緒である。
「ここで何してたんだ? もしかして下見?」
「いえ。たまたま通りかかっただけですよ……ここで何かやるんですか?」
「来月くらいに、ここで料理祭りをやるんだよ」
「へぇ……去年は聞いた事無かったですが、そんなのやってたんですね」
「いやいや。今回が第1回だよ」
1回周囲を見渡してから、手で口元を隠しながら小声で――、
「なんか魔王国関係で国の中が少しゴタついているから、みんなの息抜きになればって国王様自ら提案したらしくって、ここ治めている第3王子様に開催させたとかなんとか」
まずここの街を王族が治めていた事も初耳なくらいには、特に興味などは無かった。
「なるほど」
「この街って、この前のドーナツの屋台みたいに変わった食いもん売ってる店も多いし、オレも今から楽しみだなぁ」
そこへ遠くから、誰かが大声でプルーを呼んだ。
「おいプルー! なにくっちゃべってんだ!」
「やべ。じゃあオダナカさん。また大将の店で!」
資材を担いだ年配のドワーフに怒鳴られ、プルーは急ぎ足で現場へと戻って行った。
それを見送り、再び周囲を見渡す。
「祭りは来月か……覚えておこう」
設営の邪魔になってはいけないので、公園を抜けて敷地外へと出ていく。
公園の周辺は市場のある大通りと違って、少し狭い道が多い。
そして、こういった場所には小さな飲食店が存在する。
古びた喫茶店、今から看板を出す酒場、怪しい道具屋――。
「今日はここで飯を食べていくか――」
「オダナカ殿ではありませんか」
背後から聞き覚えのある声が掛けられる。
今日は良く知り合いに会う日だと思いつつ、振り返ると――白い甲冑姿のアグリがそこに居た。
いつもの装飾の入った鉄製の鎧に比べると大分派手に感じる。
肩より長くなった金髪をなびかせ、化粧っ気のないあどけない笑顔でこちらへ手を振ってくれている。
「お久しぶりです……って先月も大将の店で会ったばかりですけど」
「そうですね。その鎧はどうしたんですか?」
「あっ、これですか? これは年始のパーティーで国王様から賜った特別製の鎧なんですよ。ちょっと今は巡回をしてまして……」
少し嬉しそうに頭をかくアグリさん。
そういった所は年相応に見える――具体的に聞いた事は無いが、エルフのように実は何百歳という事は無いと思う。
ひとまず世間話を続ける。
「そこの公園で準備していた祭りの件ですか?」
「そうなんです。不埒な輩が何かしら妨害行為をするかもしれませんので、私も普段から巡回に加わってこうやってアピールしている訳です」
両手を握りしめ、やる気に満ち溢れているようだ。
しかし、先ほどの話で気になるワードがある。
国王様から賜った――もしかして彼女はそれなりに地位が高いんだろうか。
騎士団に居る事から、もちろん社会的地位はかなり高い方だと思うが――ラーメンをすすっている普段の彼女からは想像もつかない世界だ。
「どうですかこの鎧。私もちょっと気に入っているんですよ」
「……」
少しだけ冷や汗が出てくる。
というのも鎧を着た女性を褒めた事が無いので、どういった事を言えば良いのか分からない――。
「えっと、カッコイイと思いますよ」
もはや小学生並の感想だ。
「やっぱりそう思いますか! いやぁ、私も普段の仕事でもこれ着て行こうかなって思ってたんですよ」
目を輝かせならが顔を近づけて来る。
彼女の感性がよく分からない……。
「あっ、もう少しで交代の時間なので……ちょっと公園前にある喫茶店で待ってて貰ってもいいですか? 紹介したい店があるんですよ」
「えぇ、いいですよ」
「ありがとうございます! では、後ほど!」
手を振りながら仕事へと戻る彼女。
相変わらず
◇◆◇
喫茶店のオープンテラスで
日も段々と落ちて来て魔法の街灯に明りが灯る頃――彼女がやってきた。
「お待たせしてすいません!」
「いえ、全然構いませんよ」
アグリさんは先ほどの甲冑姿から私服へと着替えて来たようだ。
白い長袖のシャツに薄いベージュの上着。下は黒く長いスカート。首からは紋章の入った銀のアクセサリー。
普段ラーメン屋で見るような簡素な恰好ではなく、どこにでもいる町娘のような服装だ――。
少しじっと見ていたのを誤魔化すように、俺は立ち上がった。
「……では行きましょうか」
「ん? そうですね。お店もそろそろ開いている頃だと思いますので」
会計を済ませると、公園前もそれなりに人通りも多くなってきたようだ。
ここには他にも飲食店はあるので、それ目的なのだろう。
「では行きましょうか!」
「は、はい」
彼女は特に意識してないのだろう。
あるいは、俺が自意識過剰なのだろうか――。
普通に腕を組まれる。そこまで密着をしている訳ではないのだが、若干の香水と化粧のような香りがこちらまで漂ってくる。
夕方で飲食店も多いせいか通りを歩いている人も多いので、誰かの目に付くような事も無いだろうが。
「人が多いですね。はぐれないように気を付けましょう」
「そ、そうですね」
飯を食べに行くのに、飯以外の事で頭がいっぱいになりそうだ。
彼女の横顔を見ると、異性と――それも年の離れた男と腕を組む事に、本当に気にしていないように見える。
おかげで少しだけ冷静になれた。
「そういえば、その紹介したい店ってどういう料理を出しているんですか?」
「まぁそれは着いてからのお楽しみですけど……しかし賑わってますね――少し近道をしましょうか」
そういって人通りの少ない道へと入っていく。
普段、巡回しているのだからこういった小道にも詳しいのだろう。
ただ、この通りは確かに道行く人は少ないのだが――店の前に露出の多く化粧の濃い女性が立っていたり、怪しい雰囲気のオープン型の酒場では半裸の女性獣人と抱き合っている人間の男性の姿が見える。
「昼間しか通らないから分かりませんでしたが……ここはこういう店が多いんですね……」
少し申し訳無さそうに――顔を赤くする彼女。
その見慣れない表情に、思わず驚いてしまう。
「いえ……まぁ通り抜けるだけなんで、気にしなくていいですよ」
平常心を装い、無難なコメントを返す。
それほど長い道のりではないはずだが、気まずい時間は長く感じた。
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