異世界でラーメンを食べる3

 とがめられたと一瞬首を引っ込めたが、声を掛けてきたのは先ほどの女騎士だ。

 物珍しそうに俺の左手を見ている。


「えーっと。私の国の食べ物で、おにぎりと言います」

「そ、そんなに美味いのか……」

「え?」

「いや。なんかもうあまりにも幸せそうな顔をしてたから……」


 俺ってそんな顔してたのか……。

 確かに鏡を見ながら食べたりしないし、昼飯は大抵コンビニかスーパーの弁当。また牛丼かハンバーガーで済ます事も多い。

 感動しながら食べる行為は、夕飯くらいしかしないだろう。


「……食べます? もう1つありますよ」

「えっ、あっ、その……さすがにそれは……」

「口に合うかは分かりませんが……このラーメンには合いますよ」

「ごくり――いただきます」


 袋を開封して渡すと、女騎士は恐る恐るおにぎりを掴む。

 そして俺がそうしたように――スープを飲んでひと齧り、麺を啜りひと齧り――その後も女騎士は止まらない。

 麺も具材もおにぎりも食べ切り、最後はドンブリごと持ち上げてスープを飲み干し――。


「ぷはぁ」


 頰を赤く染め、額に汗を流しながら……可愛らしい笑顔を見せたのだ。


「美味しいッ! この白い三角のヤツ……なんだこれは。少し固めだが、食べてスープを流しこむと口の中でホロリと崩れ、味が染み渡って……なんなんだこれは!?」

「お、おにぎりです」

「おにぎり! 聞いた事も無い料理だ――よく見れば見た事も無い格好だ。貴方は旅人か?」

「えぇ。ちょっと用事で来てまして……」

「……見た事も無い料理に、見た事も無い服装――」


 少し冷や汗をかいてきた。

 ある手段で俺はこちらに来ているのだが、それは言ってみれば不法入国みたいな方法だ。

 そして彼女は騎士団と言った。騎士とは大抵、その国に仕える公務員みたいな存在――つまり取り締まる側だ。


「そうか、貴方は――異国の商人だな!」

「へ?」

「我が国は多様の人種が多く住んでいるし、出入りも多い――この商品、気に入ったのだが……いくらで販売する気だ」

「その話、オレも乗っていいか?」

「……うお、大将!?」


 いや大将だけではない。

 周りの客も物珍しそうにこちらを見ていたのだ。


「おにぎり……いや、やっぱ米か」

「米というもので出来ているのか!」

「あ、はい。米なら1袋30キロで……店に卸すとなるとこのくらいの量で……持ってくるの大変だから……このくらいの金額でどうでしょう。ただし、1ヶ月に1、2回しか運べませんよ」


「……」

「……」


 この国の物価を考え、割と高めに設定したものを掲示した。

 日本ならちょっとしたビジネスノートパソコンが買えるくらいだ。

 正直ちょっと面倒だし、これで断ってくれたらいいのだが――。


「5袋買った!」

「私はひとまず2袋で頼む」


 大将はもちろん女騎士も買うと言い切った。

 しまった、よく考えたら騎士ってどの国も高給取りだった……。

 しかし商談が決まってしまった以上、無下にできるはずもなく。


「じゃ、じゃあ次は1ヶ月後に来ますので、ここで……」

「割と早いんだな」

「そのコメっていうやつの調理方法も教えてくれよな!」


 2人は満足げに笑い、俺は苦笑いを浮かべていた。

 

 さすがに周りの客まで買うとは言わなくて良かった……。



 ■◇■◇■◇■◇■◇■◇■



「ふぅ――まさかこんな事になるとは」


 異世界の扉を自宅に繋ぎ、帰ってくるなりベッドに倒れ込む。


「また両替して貰わないとな……」


 鍵を渡してきた大家の顔が思い浮かぶ。

 前に聞いたら、そういった金銭の両替もしていると言っていた。

 マジで何者なのだろか――。


「疲れた……風呂入って寝るか」


 そして寝る前に気付く。


「あの2人の名前、聞いとけば良かった」


 こうしてまた変わらないようで、かなり変わった1日は終わる。

 

 嗚呼、異世界。次はどんなモノを食べようか――。


 そんな事を考えていると、いつの間にか寝入ってたのだ。


 

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