第31話

その選択、何を選ぶか1


 人生とは選択の連続である。


 朝は何時に起きるか、今日の持ち物はこれだけでいいのか。

 コンビニ寄って何を買っていくか、会社への道筋は徒歩かバスか。


 例え日常の何気ない選択であっても、数多くの選択の積み重ねがあってこそ、俺という人間が存在する。


 ところで、この名言に関してネットで調べてみるとシェイクスピア作のハムレットという作品で登場人物が言っていたらしい。

 俺はシェイクスピアなんて読んだ事も無いが、いい言葉だと思う。


 その小さな選択の連続こそが人生である。


 しかし、いつも選び続けるのも疲れる時もあるのではないか。

 あるいは選ばない方が楽な事もあるだろう。

 思考を停止してしまう事は簡単だと思う。


 だが人生において選択は、どこまでも自分に付きまとう。


 いつでも、どこでも、ある日突然――目の前に突き付けられる。


 つまり――。


 

「どちらを選ぶか、だ」


 俺もまた、ある選択が目の前に立ち塞がっていた。


 いつものように外回りの最中、昼飯を食べようと思ったのだが――たまたま立ち寄った定食屋の入り口に、こんな選択肢が用意されていた。


『日替わりAセット:唐揚げ南蛮、冷奴、漬物、みそ汁、ご飯(+50で大盛)』

『日替わりBセット:デミカツ丼、漬物、みそ汁(+50円でミニうどん変更可能)』


 特別なにが食べたいというのは無い。

 もし他に、あるいは具体的に食べたいモノがあるなら、それを食べればいい。メニューの豊富な定食屋に来たとしても迷う事は無いだろう。

 気分的になんでもいいから食べたい――いわゆる腹の迷子。


 俺は出入口は塞がないような場所で、思い悩む。


(唐揚げは下味がしっかり付いたものだろうか――掛かっているタルタルも一工夫があれば嬉しいが……)


 どちらのセットも写りの悪い写真が掲載されている。やや縦横があってないし、微妙に拡大された画像……素人がやったお手製のメニューというところか。。

 これでは、ざっくりとした構成しか分からない。


(ソースや卵とじならともかく、デミグラスソースの掛けられたカツ丼は馴染みがないな……洋食屋の本格的なソースならともかく、いかにも和風な店構えの定食屋でデミカツは美味しいんだろうか)


 迷った時は、スマホのマップ情報で定食屋の口コミを見てみる。

 しかし同じ料理名の写真は見当たらず、高評価の人は『とても美味しかった』『安くていいです。また来ます』という簡潔な感想が多い。

 逆に評価の低い人は『お会計が電子マネーに対応してなかった』『店員呼んだのに来てくれるの遅かった、最悪』などと、味とは一切関係ない部分での低評価だ。


(昨日の昼は、確か村上とモナカと一緒にそばを食べたんだっけな)


 せめての糸口に、昨日食べた昼飯を思い出してみる。


 俺は山菜そばにいなり寿司。

 村上はキツネそばに、小天丼。

 モナカはざるそば、小天丼。


(確か、モナカは天丼に入ってたシイタケを残してたな。出汁に入っている分にはいいけど、本体はあまり好きじゃないらしい)


 俺にも好き嫌いはあるが、食べられないほどのものは無い。

 とはいえ、例えば世界一臭い缶詰。そういったモノは食べた事が無いので、あるいは臭いを嗅いだだけで食べられないリストに載る可能性はある。興味はあるが。


(アパートで開けたらテロ行為そのものだな……外でやっても近所迷惑になりそうだ)


 どこか異世界の何もない平原でやるべきか――いや、やる予定はないが。


(……そうだ。定食をどちらにするか考えてたんだ)


 他にも色々と思い起こしても、どちらを選ぶ決め手になるエピソードは思い浮かばない。

 仕方が無いのでスマホで写真を撮って、グループでモナカに個人送信する。

 食べるならどっちが食べたいか聞いてみたのだが――。


『去年より体重増えてた。鬱。そんなアタシにこんな写真送ってくんじゃねぇよ先輩』


 といったメッセージが返ってきた。

 ついでに、

 

『あー、唐揚げたべてー』


 というメッセージも添えられていたので、そこで俺の心は決まった。

 店内へと入り、カウンター席へと座り店員さんにこう頼む。

 

「いらっしゃいませー、ご注文はどうしましょうかー?」

「Aセットをお願いします」


 やってきた唐揚げ南蛮定食をスマホで撮影して、そっとグループへと流しておく。


「よし」


 お冷で軽く口の中を湿らせ、割り箸を用意する。

 大皿には中サイズの唐揚げが5つ。白いタルタルに甘酢タレが掛かっている。千切りキャベツに、カットしたレモンが添えられている。

 あとは写真の通り小鉢には柴漬け、みじん切りのネギの乗った冷奴。漆塗りのような黒いお椀のフタを開けると、味噌の良い香りが漂ってくる。


「では、いただきます」


 箸で、アツアツの唐揚げを持ち上げ少しだけ息を吹きかけ冷ました後に――一気にかぶりつく。

 やはり中はまだまだ熱いが、口の中ではタルタルとタレの甘酸っぱさと唐揚げの脂っこさが上手く合流する。

 噛む度に、そして少しずつ喉を熱いモノが通っていき――そこへ白米を一口。


「嗚呼、美味い」


 やはり自分の選択に間違いは無かったと確信し、俺はどんどん唐揚げと飯を平らげていった。


 ちなみに帰り際にスマホを確認すると、


『〇ね』


 というシンプルにしてダイレクトなメッセージが入っていた。

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