日本でカツ丼を食べる2
「ふむ。この店にするか」
特に目的も無く歩いていたのだが、ふと旗が目に入ったのだ。
店の前に藍色の染められた旗が掲げられている。そこには文字も入っている。見た事も無い文字だが”月並亭”と、何故か読めたのだ。
「ひとまず入ってみるか――」
俺は旗を潜り、木製の扉を開こうとして――ノブが無い事に気付く。
ガラガラ――。
「ごっそさんでし――うぉっ!?」
中から人間の男が出て来る。俺より頭3つ分は低い小柄な男だ。
このネズミ色の服装はこの前会った人間に似ているが、顔付きで別人なのはさすがに分かる。
よく見れば道行く人間の男達は皆、似た服装をしている。
これがこの国での正装なのだろうか。
「おっとこれは邪魔をしたな」
「い、いえ……」
この扉は横に開くモノだと学んだ俺は、早速扉を横へズラした
俺は頭と腰を少し
「いっらしゃいませー。おひとり様ですか? 奥のテーブル席空いてますので、そちらへどうぞー」
店内はそれなりに込み合っていた。
先ほどのネズミ色の他に、黒や紺といった暗めの服装に身を包んだ男達が殆どと言った所だ。
魔王国では兵士達は指定の鎧を着るが、民は自由な服を着て仕事をする。種族も違えば、服の形状も色も違う。他人の服の趣味にまで口を出す者はいない。
しかし、この国の者は似た形の服が多いのは何故だろうか。
「まぁそれより飯を食うか」
色々考え過ぎてしまうので、ひとまず飯の事を考える事にした。
促されるままテーブルへと座ると、若い女の店員がわざわざラス製のグラスに水を入れて持って来た。さらに薄い板のようなモノを目の前で開くと、
「こちらメニューになります。今は“秋の山菜うどん”がオススメですよ」
ガラス製のグラスは、基本的に身分の高い者のみ使う事が許された食器だ。
この店員。名乗っても居ないのに俺の正体に気付いたというのか。
(落ち着け……よく見れば他の客も同じような食器を使っているではないか。ここではコレが普通なのだろう)
メニューを開くと、そこには見た事も無い料理名が並んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
そば(大盛+150円)
かけそば 500円
きつねそば 650円
たぬきそば 650円
月見そば 650円
肉そば 900円
丼もの(ミニそばとのセット+200円)
木の葉丼 600円
親子丼 750円
かつ丼 950円
天丼 1200円
◇ ◇ ◇ ◇
どれを見てもどんな形状なのか想像もできない。
まず”きつね”と“たぬき”というのは動物の名前だ。つまり動物の肉を使った料理なのだろうか。しかし“肉そば”というのは別で存在する。
木の葉丼も分からない。こちらではそこらに生えている木の葉っぱすら食わねばならぬほど
親子丼。名前から察すると、胎内に子供がいる母親ごと調理したというか。なんと非道な事を――。
「あっ、もしかして外国の方ですか?」
「む? むぅ、そうだ」
気付けば脂汗を流しながらメニューを見ていたようだ。
色々と考え過ぎていた俺に、女店員が声を掛けてきた。
「最近多いんですよねー。日本のメニューって、言葉遊びみたいなの多いから分かり難いって」
店員に簡単に説明を受けた。
まず“きつね”は、この国のきつねが好物の食材がメインの料理。”たぬき”は揚げ玉という食材が入った料理。
“木の葉”とは、まるで木の葉のように見える”カマボコ”と卵を使った料理。
”親子丼”とは、鶏肉と卵を一緒に使った――なので親子丼らしい。
「なるほど……ではコレとコレを頼む」
「はいっ。月見そば、かつ丼1人前です!」
女店員が厨房へオーダーを通しに行っている間、俺は窓から見える外の様子を眺めていた。
馬の居ない鉄製の荷車単体が走っていたり、薄い板を耳に当てながら車輪しか付いていない棒に跨る若者が目の前を通り過ぎた。
先ほどの制服のような服装の他にも、色んな形状の服を来た者達が通り過ぎていく。
こうして暮らしている者達を見ると、我が国の住民達と人間。生活の様式が違えど、そこに大した違いは無いのだろうか。
「こちら月見そばと、かつ丼です。ご注文、以上でよろしいでしょうか?」
「うむ」
「では、ごゆっくりどうぞ」
黒いトレイの上には、2つの料理が並んでいる。
左には灰のような色をした麺に、薄い琥珀のスープが入った器。上には卵と緑の輪っかのような野菜。海藻のようなモノも入っている。
右には、肉を揚げた分厚いフライが入っている。それを溶いた卵で絡ませて火を通したモノのようだ。下には見た事も無い白い粒が入っている。
他にはフォークと匙が付いていた。これを使って食べるのだろう。
「……食ってみるか」
まずは左の麺料理からだ。
先ほどの女店員が言っていたように、この料理も言葉遊びの類なのだろう。
月見――空に浮かぶあの月を卵に見立てたのだ。風情がある例え方だと思う。
「ズズッ――」
まず匙でスープを飲む。
魚介系のスープのようだ。味わった事が無い類の味だが、薄い見た目に反して塩のような味と、魚介類の味がしっかりと効いている。
「ずっ――」
次に灰色の麺を口へと含み、長いので嚙み切る。
これは何かの小麦のように植物を粉にしたものだろうか。独特な匂いだ。
それを食べながら、ふと目の前の席で同じように麺を食べている男が目に入る。
「ずるっ、ずるずるっ――」
よく見れば他の客も同様だ。
どうやらこの麺料理は、すすって食べるようだ。
人種族の他の国では、そういって食べる料理があると聞いた事がある。
その話を聞いた時は、なんとマナーの悪いと思っていたのだが――。
「ずっ、ずるっ――」
俺もそれを真似てすすってみた。
気のせいかもしれないが、この方がスープと麺、両方の匂いが立っているようだ。
空気を含ませる事が大事なのかもしれない。
「これは、美味いな」
程好く煮えた卵の黄身と白身が、麺へと絡み、それがまた麺の味を底上げしているように感じる。
魚介のスープの香りも先ほどより強く感じるせいで、食欲がまた一段と搔き立てられる。
「ずずっ――ぷはっ」
思わず食べ切ってしまった。
さて、次はかつ
フォークでフライを突き刺すと、こんがりよく挙がった衣に、側面からは白く分厚い肉の層が見える。
表面に絡みついた卵と、独特なスープの匂いが合わさり――、
「もぐっ――」
口に含むと、最初に来るのは半熟の卵と、衣に染み渡るスープの味。
噛み締める度に口の中へと侵入してくる。
基本的な味付けは甘いのだが、それが不思議と合っているのだ。
さらに匙で、下の白い粒をすくう。
それを口に入れると、想像とは違った触感であった。
粒であるからプチプチとした触感かと思えば、1粒ずつモッチリとした感触が舌を、咥内へ伝わってくる。
全体に掛かっているスープと、フライ、卵、他の具材の味が染み込んでおり――旨味が大洪水のように流れ込んでくるようだ。
「これは――」
後の事は左程覚えていない。
気付けば、俺は器からは粒1つ残さなかった。
それほどまでに、夢中になれた――そういった感覚は、久しかった。
陶器のコップに入った渋みのある茶を飲み干すと、俺は席を立つ。
紙幣で会計を済ませると、複数の紙幣と一緒に小さな銅貨や銀貨を渡された。おつりなのだろうが、それらを受け取るのが若干煩わしかったので。
「店員よ。良き料理であった。これはその礼だ」
チップとして全て渡す事にした。
女店員は困ったように色々と言っていたが、特に気にせず俺はそのまま店を出た。
俺は来た時には気にしていなかったが、改めて空を見上げた。
結界のせいで1年を通して曇り空の魔王城とは違い、建物の間から青い空と白いまばらな雲が見える――少し涼しい風と相まって、新鮮さが心地よく感じる。
「人間の国――まだまだ知り甲斐がありそうだな」
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