異世界への鍵を持つ者達17

 背中にアグリさんを乗せたまま、俺は騎士団の待つ岸へと降り立った。


「ご苦労様です。第3騎士団、第5騎士団の皆さん」

「アグリ殿! 町で待機されているはずでは?」

「――諸事情あって、今の私は騎士団長ではなく、ただの一般人なので……その男は凶悪な計画を企んだ犯人なので……」

「くぇっ」


 俺がアグリさんへ声を掛けると、他の騎士達は咄嗟に剣に手を掛ける。


「この魔獣は敵の討伐に力を貸してくれました。危険はありません」

「わ、分かりました……」


 彼女がそう言うと、すぐに剣から手を放し警戒を解いてくれた。

 その表情はまだ硬いが。


「先ほど投影された魔王も、この男が用意した偽物です。向こうにそれらを指示された男達を拘束してありますので――他の魔王軍に見つかる前に、すぐに回収を」

「はっ!」

「では、私はこれで……」


 アグリさんは再び俺に乗ると、一旦向こうの河岸へと飛び――モナカの下へ降り立つ。

 彼女はビビったように後退りをしながら、トラックの陰に隠れる。


「だ、大丈夫なのかその魔獣!」

「目を見れば分かります――彼は大人しいですよ」


 そう言って頭を撫でてくれるのはいいが……ひとつ重要な問題がある。


(どうやって元に戻るんだ――?)


 俺は人間の声が出せず、誰とも意思疎通が出来ず――元に戻る手段も思いつかない。

 今も人としての意識が残っているが。果たしてこれからも意識は保っていられるのだろうか。


(……魔獣としてこっちで暮らすのか?)


 それは人間だった俺にとってゾッとしない未来だ。

 いつか俺自身、食材になって誰かに食べられそうだ――。


「こんなところに鍵束が落ちて……これ、先輩の衣服じゃね?」


 そこには、バラバラになった俺の着ていたスーツが落ちていた。

 これチャンスだ。


「くえッ!」

「うわっなんだよ!」


 クチバシでスーツの切れ端を摘まむと、俺自身の身体に引っ掛ける。

 こう、両手を広げてお辞儀をするポーズをしてみる。


「お前――」


 モナカは俺とは違い察しがいい。これで気付いて――、


「確かに大人しくてお利口だな! いいこいいこ~」


 モナカも俺の頭を撫でてくる――これは、いよいよダメかもしれない。


「ん? 誰かが飛んできて――まさか!?」


 アグリさんが何かに気付いた時には、それは地上へと降り立っていた。

 

「わっ。なにかあったんですか!?」


 それはアグリさんでも感知が遅れるほど高速でやってきて、そのまま音もなく現れた。

 赤いスポーティな髪型に、背中に髪と同じ色の赤い翼の生えた少年。

 何故か――少女のようなドレスを着ていたが。


「あなたは、魔王国軍の方ですか?」

「えぇ。あっ、今は、その……ただの一般魔族なので、人間の方々を取り締まる立場にないので大丈夫ですよ」


 その少年特有のあどけなさで苦笑するのは――前に会った事がある。カルロス少年だ。


「……可愛らしい恰好してるけど、男の子なんだよな?」

「いや、この格好はお姉さん達に言われて無理矢理……結局、女子会も途中で逃げ出して来ちゃって……」

「それで、何故こちらに?」

「逃げている途中で、こちらへ向かっている軍の方々が居たので――ついでに先行して飛んで来たんです……そしたら、こんな事になってて」

「――いずれ公式に我が国から謝罪があるとは思いますが――」


 アグリさんはここで起きた事件の顛末を話す。

 カルロス少年はそれに聞き入り、その全ての事情を話し終えると――。


「分かりました。軍の方々には、すぐに引き返すようお願いしてみます」

「……いいんですか?」

「オレも魔王様には報告はするので、多分後で国からなんらかの連絡はいくと思います」

「ありがとうございます――」

「くえッ」


 俺もアグリさんに倣ってお辞儀をする。


「……そちらのお方は」

「この魔獣ですか? 今回の事件の解決に尽力してくれたみたいで……」

「いえ。その魔獣――オダナカさんですよね?」


 そう言われ、アグリさんもモナカも同時に俺の方を見た。


「えっ」

「えぇっ?」

「くえぇッ!」


 ◇


「ホントに先輩なのか!?」

「くえ」


 その言葉に、首を立てに振る俺。


「マジか……どうやってその姿になったんだよ」


(その説明は少し長くなるな――説明できないけど)


 困っていたら、それを察したのかカルロス少年が手を挙げる。


「オレが聞いてみます。鳥系なら任せて下さい」


 カルロス少年が目の前にやってくる。

 俺はいつもの調子で喋ってみる。


「くぇ、くぇええ(かくかく、しかじか)」

「なるほど、なるほど――分かりました。その紫の鍵を使ったら、こうなったらしいです」


 どうやら本当に伝わったようだ。

 流石は鳥の魔族といったところか。


「じゃあ、これ使ったら元に戻るのかよ」


 モナカが紫の鍵を掴んで、俺の目の前に出す。


「くえええ、くえっ(出来るとしたら俺自身が扉を閉めないといけないんだろうけど、手が使えないしなぁ)」

「えぇ。じゃあどうやって……」

「くえっ……くえっ(大家に相談するしか……一旦帰らないといけないけど)」


 その話を翻訳してくれていたカルロス少年が、再び手を挙げた。


「あのっ……そもそもオダナカさんは、なんでそんな姿に?」

「くえっ(俺の食べたモノへの姿になるって鍵の力で……)」


 ふんふんと話を聞いていたカルロス少年は、モナカへと質問する。


「そうなると、同じく鍵の力を持つ人にその紫の鍵を使って貰うとか……モナカさんのはどんな鍵なんですか?」


 そう聞かれ、ぎくっとするモナカ。

 何かやましい事でもあるのだろうか――。


「えっ!? それ、言わないとダメ?」

「うん? なにか解決の糸口になるかもしれませんし……」

「……その、会いたいと思う人の場所に、会いに行ける鍵だよ――」


 確かにその鍵なら、あの町や仙人の村、本拠地にもスムーズに行けるはずだ。

 しかし、別になにもやましい事は無いと思うのだが――。


「じゃあ、話は簡単だな」

 

 そこまで黙って聞いていたアグリさんが、腕組みをしながらこう言った。


「えっ、アグリ。どういう意味だよ」

「その紫の鍵で、オダナカ殿に会いたいって願いながら使えばいいんだ」

「うわっ――そんなこっ恥ずかしい事やんの!?」


 顔を赤くしながら鍵を見るモナカ。


「恥ずかしいも何も……オダナカ殿をこのままにする訳にもいかない。元に戻らない場合、私の家で匿うか……」

「あっ、魔王国の牧場なんかどうですか。他にも魔獣はたくさん居ますので、寂しくないですよ」

「わーったよ! ちょっとそこどいて」


 モナカは覚悟を決めたように俺の前に立つと、一旦深呼吸をした。


「はぁ……先輩」

「くえっ」


 そう言うと、モナカは紫の鍵を持ち――俺の身体へと突き刺し、捻る。


「帰って来て下さい――後で、アタシに飯を奢って下さいよ」


 ガチャッ――。


 再び、扉が開く男が――俺の耳元で聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る