お頭と回転寿司を食べる2

 

「いらっしゃいませー。タッチパネルで受付をお願いしまーす」

「うおぉ!? なんだこの人の多さは」


 店に入るなり、まず驚くお頭。

 

「なんだ? この光る板は……魔法の道具かなんかに似ている気がするが」

「えっと大人2名、テーブル席で……っと」

「うおッ!? 触る度に文字が変わって――これどんな仕組みなんだ!?」


『ご利用ありがとうございます。受付札をお取りになって、しばらお待ちください』


「しゃ、喋ったぞ!?」

「えーっと、とりあえずあそこで座って待ちましょうか」


 待合スペースで待っている家族連れやカップルなどに奇異な目で見られているのも気にせず、はしゃぎ続けるお頭。

 さら待合から見える店舗内に、お頭の視線は釘付けになっていた。


「皿が、回っていやがる……」


 棒立ちになっているお頭を引っ張り、ひとまず待合のソファに座らせる。

 

 ◇◆◇ 


 順番が回って来て、店員に席へと案内される。


「では、こちらにどうぞ」

「真ん中に居るのは、ありゃ料理人か!」


 ここの大手回転寿司チェーン店は、寿司の流れている外周レーンの中央に調理場がある。

 客は回っている寿司を食べても良し、タッチパネルから直接注文して手渡して貰う事もできる。

 カウンター席とテーブル席があり、テーブル席では通称“機関車レーン”というモノがあり、注文は全てこの機関車に乗って運ばれてくるので、子供達に人気があるそうだ。


 数少ない開いている正月の飲食店ともあり、店内は大勢の客で賑わっていた。

 俺とお頭は、案内されたカウンター席へと座る。


「さて、何を頼むか……」

「これはなんだ」


 お頭はお湯の出るレバーを前に首を捻っている。

 そうだ。そこから説明しないといけない。


「お頭さん、実は――」

「アレだな。飯を食べる前に手を洗う所だろ! ここを捻ったら――って熱ッ!?」


 流れるようにレバーを捻り、手にお湯を当てて椅子ごとひっくり返る。


「お、お客様! だ、大丈夫ですか!?」

「おー、おー。びっくりした」

「えっと、お頭さん。このレバーは……」


 ひとまず回転寿司店における、基本的な事は説明する。


「まずこのお湯が出たレバーは、湯飲みと呼ばれるグラスにこの緑色の粉を入れ、そしてお湯を入れると飲み物になります」

「ほぉ、茶は客に自力で用意させるのか」

「次に備え付けのモノですが、これが醤油というソースです。寿司に付けて食べます。後、こっちの緑の粘り気のあるのはワサビというモノです。寿司と一緒に食べる調味料です」

「ほー……」

「あと、食べたいモノがあればこちらの板で注文も出来ますが――」

 

 そこまで言うと、お頭は腕を組んだ。


「なるほどな。よし、よく分かんねーから、オダナカさんのオススメでいいぜ」

「そうしましょう。では――」


 いくつか注文していく。


 そこで思い出したのが、かつて寿司に煩い取引先の人と一緒に、高級店へ行った事がある思い出だ。

 まず最初に淡白な味わいの刺身を食べるだの、ワサビは醤油に溶かすなだの、サーモンは江戸前で出す店は認めないだの――散々だった。


 正直、好きなように食べさせて欲しかった。

 それ以来、食べるにしてもこういう回転寿司に足を運ぶ事が多くなったと思う。


「お待ちどうさま! マグロに、中トロ、大トロです!」

「はいよ。焼きたての玉子焼きだよ!」

「アラ汁2人前、こちらに置いときますね」


 いくつか注文して、目の前にいくつかの皿が並ぶ。


 マグロの赤身、中トロ、大トロ、サーモン、はまち、鯛、イカ、エビ、カニなどの多種多様な寿司皿。

 まな板皿には玉子焼き単品。お椀にはこの店の名物であるアラ汁。

 ついでにコーンの軍艦、ハンバーグなどの魚以外も取っておく。


「どれも美味そうだな――ソースはどうするんだ? もう掛かってるのか?」

「あっ。ここではコレで食べるんですよ」


 小皿に醤油を垂らし、小鉢からワサビを取り出し添える。


「この緑色のものは薬味なんですけど、付け過ぎないようにして下さい」

「ん? ソースってこれ1種類しかないのか?」

「他の店だと色んな醤油を置いてある所もありますけど、ここは基本的に1つですね」

 

 お頭がいつも作っている料理は、大抵その料理に合わせたソースを掛けてある。

 それを考えれば、確かにこれだけなのは不思議に思われるだろう。


「赤身とか白身とか、それに合してソース考えるもんだと思うけどなぁ」

「ひとまず食べて見て下さい。こんな風に――」


 俺はあえて手掴みで赤身を取り、ネタ側に醤油を付けて食べる。

 箸の方がもちろん慣れているが、お頭は箸がまだ扱えない。だったら、こっちの方がいいだろう。


「ほぉ。手掴みで食べるのか――じゃあこのオレンジ色のやつから」


 お頭は慣れない手つきでサーモンを取ると、崩さないようにそっと醤油を付けて口に入れた。


「これは、脂が乗ってて――甘味があって……それにさっきのソースと薬味が合わさって――美味いじゃねぇか!?」

「え? あっ、ありがとうございます」


 たまたま目の前に居た若い職人が驚くほど、お頭はその美味しさを叫びで体現した。


「このコメは、果物じゃねー何か酸っぱい調味料が混ぜてやがる――それがしっかりとした土台になって、上の刺身の旨味を受け止めている……これがスシってやつなのか」

「あっ、エンガワとイクラをお願いします」

「この白っぽい刺身はカサッゴに似てるが、もう少し白っぽい部分が多いな――ソースの味しか……いや、違う。少し厚めの身から、噛めば噛むほど旨味が染み出て来やがる。なんだこのソースの万能さは!?」

「ズズッ――」


 アラ汁をすすりながら頼んだモノを待つ。

 お頭は最初に頼んだ寿司を食べながら、1人で寿司レポートに忙しそうだ。


「はいよ。エンガワとイクラね」

「あっ、すいませ――」

「なんだこの白い刺身は! 見た事ねぇぞ!」

「それ私の……」

「……コリっとしてて脂もたっぷりだ。でも少しも気にならねぇのは、この下に敷いてあるハーブのせいか、そうだろ!?」

「は、はい。大葉っていう日本食だと定番のハーブです……」


 若い職人さんがビビりながらも答えてくれる。


「こっちのは魚卵か。この黒いのはなんだ!?」

「の、海苔といって海藻を集めて乾かしたもので……」

「海藻か……いつも網に引っ掛かっても棄ててたけど、今度からは集めとくか」


 さらなる寿司レポートをしながら、全ての寿司を食べ切るまでお頭は止まらないのであった。


 俺はひっそりと、回っている寿司を取りながら食べている。


「まぁ、満足なら嬉しい限りです」

「次だ、次の寿司だ!」


 

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