大将とラーメンを売る(最終日)3



『はい。リオランガフェス実行委員会のラビラビです。皆様、お疲れ様でした』


 初日にレオガル殿下が使っていたステージ上で、ラビラビが拡声魔道具を片手に立っていた。

 既に屋台は営業終了となり、実行委員会からの最後の締めくくりのスピーチがあるだけなのだが――多くの客が残っていた。


 その理由は――。


『では早速。新作の親系ラーメンでフェスを大いに盛り上げてくれたバルド氏。未知のソースで話題性を彩ったガンドル氏。どうぞステージへおあがり下さい』


 そう呼ばれ、2人はステージへと上がる。

 さらに用意された少し豪勢な椅子にはエプロン姿のカンナさん。隣には巻物状になったいくつかの羊皮紙を持ったスタッフが立っていた。

 俺とモナカと他油そば屋の従業員達はステージのよく見える最前列に陣取っていた。

 

『我々実行委員会の厳正なる集計の結果を発表したいと思います。ガンドル氏が勝てば、この場でカンナさんの身柄を差し上げます。バルド氏が勝てば、油そば屋が全て彼の傘下になるという事なので、この権利書にサインを頂くようになります』


 最終日の後半かなり盛り返したとはいえ、それまでの差がどれだけ効いているか――。

 

『では発表いたします! バルド氏の売り上げは――銅貨6495枚! 対するガンドル氏は――』


 ステージ上の両者はもちろん、観客全員が息を飲むほどの緊迫した瞬間だ。


『――なんと銅貨6497! その差はたった2枚!』


 その宣言を聞いた瞬間、隣のモナカは歓喜の声を――、


「よっ――」

「ちょっと待ってくれ!!」


 上げようとした所に、待ったをかける声が上がった――それは、今勝利が確定したばかりのガンドルだった。


『いかがなされましたか』

「……バルド! お前の親方から受け継いだラーメンとやら、オレに食わせろ!」


 まさかの提案に、ラビラビはもちろん大将や観客も驚いた。

 俺だってそうだ。


「はぁ? なに言ってんだおめ――ふがっ」

「すいませんモナカの姐さん。店長命令なんで……」

「アラむっ!?」


 隣では獅子獣人の店員が、モナカの口を塞ぎ、後ろから抱き締めるように抱え込んだ。


「……じゃあ、親方の下から離れてまで作りたかったっていう油そばも、食べさせてくれ」

「上等よ! てめぇら、準備はできてるな!」

『へいっ、店長』


 まさかの展開に、観客もざわめく――。


『これはお互いに食べて健闘を称え合う――みたいな感じでしょうか? いいでしょう。君、すぐにテーブルと椅子を用意して』


 慌ただしく走っていくスタッフ。

 大将もすぐにステージから降りてくる。


「スープや麺はまだ余裕あったよな」

「大丈夫です」

「ちょっくら行ってくるから、旦那とカンナはここで待っててくれ」

 

 互いの屋台に一旦調理に戻り――示し合わせたように互いに同じタイミングで戻って来た。

 再びステージへと上がり、用意されたテーブルを挟んで両者が睨み合う。


 白いクリーミーなスープと炙りチャーシューが特徴的な親系ラーメン。

 角切りのチャーシュー、プルプルとした食感の脂身、それに食べ応えのある太麺の油そば。


 互いの前へ自身の料理を置き――椅子へと座る。


『では、実食をどうぞ!』


 掛け声と共に互いに料理を食べ始める。

 まずガンドルは匙でスープからの飲み――驚愕する。


「あの時のスープだ……オレが親方に弟子入りを頼み込んだあの時の……」

 

 麺とタレをよく混ぜてから、一気に麺をすする大将。


「ずッ、ずずッ――このタレは、魚醤にコカトリスから取った油、オーガの里によく生えているナズの花から取れた油が合わさってて……懐かしい……田舎に帰ったみたいだ」


 さらにガンドルも麺をすすり、具材を食べながら食レポは止まらない。

 

「それでもスープの味は親方のには及ばねぇ……しかし、それを補うように色々な工夫がされている……特にこの炙ってあるチャーシューから漂う匂いが、スープともよく合ってて……」

「この麺は少し弱いが、話に聞くと茹で時間が大幅に短縮できる麺だとか……こういう屋台にはうってつけだ。俺はそういうの、全く考えもしなかった……」


 互いの料理を食べ、その長所と短所を言い合っていく。

 そして、互いに料理を完食し終えると――。


「……これは飯代だ。取っとけ」

「それを言うなら、こっちもだ」


 ガンドルが硬貨を取り出すのと同時に、大将も硬貨を取り出した。まるで、こうなる事が分かってたように――。

 大将が銅貨5枚。ガンドルが銅貨7枚。

 それを互いの前へ、置く。

 

「……美味かったぞ」

「兄さんこそ……」

「――オレを、まだ兄さんと呼んでくれるんだな」

「当たり前じゃないか」


『おおっと。つまりこの代金も売り上げに計上ということですか……これで両者の売り上げは枚……!』


 その発表に、観客もまた色めき立つ。


『つまり両者共に同じ枚数という事で、引き分け――そういう訳ですか!?』


「バルド……」

「ガンドル……」


 2人は互いの健闘を称えるように、握手からのハグをした――。

 その姿にカンナも、油そば屋の店員達も、そして観客達も――惜しみない拍手を送った。


「ふがぁッ~~!」

「あっ、すいません姐さん」


 ようやく拘束から解き放たれたモナカは、その場で地団駄を踏んだ。


「結局なんだよコレ! そのまま勝ってれば良かったのに――なんでだ!」

「……でも、これで良かったんですよ」

「よくねーよ! お手々繋いでゴールが偉いのか? 勝負と商売は遊びじゃねーんだよ!」


 これまで手を貸してきた彼女の言葉はもっともではあるが――しかし、これは元々2人の問題だ。

 こうなる事で解決できるのなら、それが1番良い。


「姐さん……」

「……帰る。もうおうち帰る!」

「モナカの姐御!」


 ステージから呼びかけられ、帰ろうとする足を止めるモナカ。

 ガンドルは、その大きな声で彼女に語り掛ける。


「すまなかったな……オレの我儘わがままで、アンタを振り回しちまって……」

「……」

「でも、これだけは言わせてくれ――」

「……」

「――筋肉とか好きなのは分かるけどよ……もうちょっと節度を守って欲しいというか。定期的に店員借りるのは辞めて欲しいぜ」

「って! そこは『お世話になりました!』だろッ!? 人前で暴露してんじゃねーよ!!」

 

 振り返り、顔を真っ赤にしたモナカが大声で抗議をする。

 それ見てみんなが笑い合い――こうして長い長いフェスの戦いが終わった。

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