異世界の魚料理と日本酒3
さっきまで居たお頭の屋敷のちょうど隣に、その店はあった。
ここも他の町の建物とは違い、奇麗な白い木造の家だ。出入り口には暖簾のようなモノが掛かっている。
そこから中へ入ると、中央に調理場があり、それを囲うようにテーブルと椅子が並べられていた。
いわゆるダイニングキッチンスタイルの料理屋だ。
「これがコイツの手荷物です……調べましたが変な鍵と板に布と、この瓶が3本入ってました」
「さっき言ってたダイギンジョウっていう酒か」
「そ、そうです」
調理場には、さっきの赤いタンクトップ姿に白いエプロンをしている状態のお頭が居た。
ハンスに俺の荷物を持ってこさせ、中の瓶を並べていく。
「ここらだと酒と言えばブドウ酒か、樽酒だ。どっちも飲み飽きているんでな、異国の酒と俺の料理との相性を見たい」
「お頭、この酒の瓶は見た事も無い文字で書いてあるけど……大丈夫なんです?」
「毒見はお前に任せる」
「へ、へい……」
俺とハンスは調理場がよく見えるカウンター席へ座らされている。
ちなみに俺の縄は既に解かれ、カバンなども返して貰えた。いざとなれば金の鍵を使うしかないが――それより魚料理が気になる。
「まずは俺の部屋でじっくり寝かせた魚2匹だ」
お頭は手慣れた手付きで赤い魚の頭を切り、内臓を取り除いて骨に沿って三枚おろしにしていく。
骨の部分は赤い石に乗せられた鍋の中へと入れられる。どうやらスープも作るようだ。
皮を引き、身だけになったら今度はゆっくりと切り分けていく。
黒い魚も同様の作業を行う。
それらは白い石を切り出したような四角い皿へと盛られ、食用オイルとオレンジのような柑橘類の果汁を振りかけ、最後にハーブを刻んだモノを乗せた。
「――レッドカサッゴとブラックヌエッタのカルパッチョだ」
「おおッ! 相変わらずお頭の料理は美味そうだぜ!」
「ではまず。こちらのお酒を冷やで頂きましょうか」
グラスを3つ用意して貰い、それに3cmほど注いだ。
最初に飲むのは日本の米処でもある新潟県のお酒だ。やや辛口の酸味のあるキレのある味――と箱の説明書きに書いてあったのでそのまま読んで伝えた。
「まずハンス、お前が食べて飲んでみろ」
「なんでオレだけ……」
「わ、私も少し頂いてよろしいでしょうか」
「まぁいいだろ。ほら、食ってみろ」
赤い魚のカサッゴと、黒い魚のヌエッタの身はどちも桜色みたいな白身だった。
2,3枚同時に食べたのでどちらがどうかは分からないが、少し淡泊な味である。
しかしそこにソースが絡み合い、魚の生臭さは感じさせず甘みを引き出している。
「では失礼して」
魚の風味が残っている内に、グラスの日本酒を口の中へと注ぎ込む。
お酒の味が、魚の味をより際立たせる。それ単品だと気づかない味のお宝を発見した気分だ。
「なんだこの酒は! 今まで飲んだ事ないけど、ブドウ酒でやるより全然うめぇ!」
「ほぉ――では俺もやってみるか」
お頭は皿の刺身を食べ、そのままグラスの酒を一気に飲み干した。
「……確かにブドウ酒とも、樽酒とも違う味わいだ。少し果実とは違う甘さもあるが――自分の作った魚料理と酒を合わせて来たが、今日が1番美味いかもしれねぇ」
「こ、こんな酒があったなんて……」
「おもしれぇ。次の料理だ!」
お頭は気分が乗ったのか、見た目がグロテスクな白身魚のムニエル、塩焼きにした青魚、アラで作ったスープ、キラークラブの蒸し焼き、ウツボのような生物の唐揚げなど色んな料理を振る舞ってくれた。
「このお酒は……おっ、陶器のコップがありますね。これに入れて、鍋にお湯を入れたもので温めましょうか。沸騰はさせない程度の温度でお願いします」
これもお酒の楽しみ方のひとつ。お燗だ。
このお酒はこの方が香りが立ち、辛口にコクが出て濃厚な味わいになる――と、やはり説明に書いてあったのでその通りにする。
「かーっ。これも美味い!」
「なるほど。この料理なら暖かい酒の方が美味いのか……他の酒はいつも洞窟で寝かせているから冷えているが、温めて飲むのもアリかもしれないな」
俺も日本酒と異世界の魚料理がこんなにも合うとは、新発見である。
唐揚げを頬張り、酒で脂分を中和しながら飲むと、一気に魚の風味が鼻を抜けていく。
「嗚呼――美味い」
「よし商人さんよ、名前は?」
「小田中です。小田中雄二郎」
「オダナカさんよ。今日の所はこの酒売ってくれ――これなら俺はもっと色んな魚料理が作れると思う」
今日飲んだお酒2本と未開封1本をその場で渡した。
代金は、ひとまず料理代と密航代との相殺という事にしといた。
「またお酒を持って食べに来ますね」
「おう。次はもっとたくさん持ってきてくれていいぞ。金なら出すからな」
「……やっぱりその辺りの船を襲うんです?」
そうなると犯罪に関わったようで少し後ろめたいが……。
「オレ達はこの国の海を守る、ドクロ水軍よ!」
「見た目が荒っぽい連中ばっかだし、確かに先代の頭は海賊だったが――俺の代で、それも止めにした」
「なんでです?」
「海賊稼業なんかより、魚釣ってみんなで食った方が、楽しいからさ!」
「――まぁ本当は騎士団の連中にコテンパンにやられて、そのまま水軍に編成されちゃったんだけどな」
ボソッとハンスが俺に耳打ちをした。
「でも、今の方が楽しいのは本当だぜ」
「えぇ。そうみたいですね」
瞳を輝かせ、厨房に立つそのお頭の姿は――確かに今を楽しんでいるようだった。
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