異世界で食べる海の焼きそば5
「大変申し訳ありませんでした! まさかヌシが他の魚をけしかけて来るとは思ってもみず――」
「いえ、アグリさんだけの責任ではありませんよ」
俺も簡単に同意してしまったのだ。彼女だけを責める事はできない。
せめてもう少しヌシについて情報収集をするべきだったと思う。
「しかし……」
「今はそれより、これからどうするか考えましょうか」
たまに水面を背びれのようなものが横切っていくのが見える。
恐らくあのサメは、俺達が痺れを切らして島から出てくるのを待っているのだろう。
異世界と言えど、陸上までサメが追い掛けてくる事は無さそうだ。
「さすがの私もあのジャークシャークをたくさん相手にするのは……3匹くらいなら余裕なのですが」
(3匹はたくさんではないのだろうか……)
島はそれほど大きくないが森のようなモノはある。
俺とアグリで半周ずつ回ってみたが、やはり人の住んでいる様子は無い。
しかし砂浜や岩場には、誰かが捨てたのか落としたのか――いくつかのゴミが流れ着いていた。
「鉄製の丸い盾に、ボロボロの板、木製の食器――これは誰かバーベーキューをやった後に棄てたのでしょうか」
「全く。けしからん奴もいるんですね!」
アグリは他に食用できそうな果物やキノコを採ってきてくれた。
あまり長居はしたくないが、それでもお腹が空くのはよろしくない。
空腹は体力の低下はもちろん、適切な判断力を鈍くしてしまう。
「せめて魚か肉でもあれば良かったのですが」
食べられないとなると食べたくなるのが人間というものだろう。
俺も少し腹が膨れるものが欲しくなるが――ポケットを探ると、3本の鍵が出てきた。
これだけは何がなんでも持ち歩いているのだが、ここで大家の忠告を思い出す。
『この鍵での扉の出入りは、君しかできない。
異世界の人間は本来、あまり行ったり来たりしない方がいい――みたいな世界のルール的な話ではなく。
魔法で君のみを鍵に登録しているからね。そうじゃないと鍵の魔法は使えないのさ。そういうもんだと納得してくれたまえ』
つまり俺だけはここから脱出することも可能という訳だ。
もちろんそんな事はしない。既に出来上がった人間関係とは、善悪ではなくそういうものだ。
俺と彼女はビジネスで繋がっている間柄だが、同じラーメンを食べる友人とも思っている。
ここで俺だけが逃げ帰ってしまえば、恐らく俺は2度異世界に来る事は無いだろう。
「とはいえ――この白い鍵と黒い鍵を使えば……」
ふと妙案を思い付く。
「ではせめてこのキノコだけでも焼きましょうか。火の魔法は使えますので、ご安心ください」
「突然すいません、アグリさん」
「どうしましたかオダナカ殿」
俺の言葉に、目をパチパチしながら質問をしていくる彼女。
「1つ案を思い付きました。しかし、それには――」
さっき思いついた案を提案しようと――。
「分かりました、信じましょう!」
――したのだが、既に同意されてしまった。
「……いや、まだ何も言ってませんが」
「本来なら私が命に代えてでも、オダナカ殿を無事岸まで帰さなければなりません。しかし、この命を捨てても無事に送り届ける勝算があまりなく――であれば、オダナカ殿の案を信じることにします!」
「――では、少し時間が掛かるかもしれませんが。私は絶対、帰ってきますので」
「分かりました!」
俺は、丸い盾とボロボロの板を持ち出すと森の中へとやってきた。
その辺りの木に巻き付いているツルを引き千切る。そのツルを使って板に盾を固定する。それを岩に立て掛ける。
つまり即席の”扉”だ。
この間のトイレの扉でも試したが、鍵穴が無くとも俺が扉だと認識すればそれは扉になるらしい。
さらに取り出すのは白い鍵だ。
黒い鍵は既に開けた扉限定で繋ぐので、初回は必ず白い鍵を使う必要がある。
「すぅ……俺は、自分の部屋でビールでも飲みながら冷蔵庫の残り物が食べたい――」
そう自分に言い聞かせ、脳内で自室をイメージする。
そして俺は扉に手を掛け、ゆっくりと開いた――。
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