おじさんと魚を釣る5

 そこには、小さな灯篭とうろうの上に乗った串に刺さった焼き魚と、隣には丼のような器に入ったモツ煮があった。

 灯篭とうろうの中では炭が赤くなり、じんわりとした熱を放っている。上には網が敷かれ、そこに焼き魚が置かれている。

 ちなみになぜ灯篭とうろうなのかと言うと、人数分の七輪の確保が難しかったので、適当に城の庭にあったモノを使った為だった。

 

「料理の説明の前に、まずは食べて見てくれ」


 給食着の魔王は、自身の分が置かれている正面中央の席へと座る。


「なるほどォ……フタで密閉しているから、空気が入らないで余分に火が通ったりしないんダネ」

「さすがフェリアス様です!」

「そ、そォ? まぁボクはそういうの専門だからネ」

 

 カルロス少年に褒められ、まんざらでもない様子だ。


「ふむ……では焼き魚の方から食すか……」


 ゴルディアがその大きな口で、頭から焼き魚を食べる。

 その瞬間――その一つ目が、大きく見開かれた。


「な、なんだこの焼き魚は……頭に集まった脂は甘美なほどに美味く、身はふっくらと焼け、甘みがある――ぬぅぅぅ、尻尾まで美味いとは! しかも味付けは塩のみと来た!」

「あら、この内臓の煮込みも美味しいわねぇ。これ灰色の石かと思ったら、フニャフニャしているわ……」

「コレもしかしてグガランナじゃナイ!? ボクの給料でもたまにしか食べれないヨ」


 他のテーブルでも似たような悲鳴にも近い歓喜の声が上がっている。


「これ田舎で食ったクイーンマウンテンに近いよ! でもここまで美味しいのは初めてだよ!」

「食べても全然味が分かんない……美味いのだけは分かるけど」

「これにカルロス様入ってなくて、良かったですね!」


 ゴルディアはふと料理を食べる手を止め、この料理とは別に配膳された、皿の上にある2つの白い三角へと目をやる。

 

「……この白い三角の食べ物はなんだ」

「白い粒々がいっぱい詰まってるわね……果物、じゃないようだけど」

「うん、気になるネ」


 2人はジーっと、ゴルディアの方を見る。


「えっ、ワシが先陣を切れと?」

「いつも『ガハハ、若造共。見ておれ! この金鎧の硬さは伊達ではないぞ!』って言いながら1人で突っ込んで、たまに死にかけて戻って来るじゃない」

「1番槍は譲ってあげルヨ」


 他の部下達も、気付けばゴルディアを見ている。

 この正体不明の食べ物をゴルディア様はどう食すのか――彼らの目は、そう語っていた。


「うむ……では、いただくとするか」


 覚悟を決め、白い三角のそれを掴み――食べる。

 それをしばらく味わうように目をつむり、咀嚼そしゃくする。


 そして――、


「うッ!?」

『う?』

「う……美味いぞぉぉぉ!!」

「きゃあ!?」


 ゴルディアはいきなり立ち上がり、身に纏っている金色の鎧が光輝く。

 その眩しさに、注目していた皆は思わず仰け反った。


「うぎゃあああああ!?」

「目がぁぁぁあああ!?」

「おっと、興奮し過ぎて思わず魔力がれ出たわい……皆の者、すまんかったな」

「こんのジジイ! やるナラ外でやれヨ!」

「いやはや、この三角……少しモチっとした歯応えだが、口の中でほろほろと崩れ……中から塩辛い具が出て来るではないか……これは、さっきの魚のはらわたか?」


 どうやら食べても大丈夫そうなので、症状が治まった者から食べ始めた。


「さっきのはらわたが抜いてあると思ったら、こっちに使ってたのね」

「よく分かんない食材ダケド、どっちにも合ってて美味しいヨ!」

「さて、もうひとつあるな……では」


 ゴルディアは2つ目の白い三角――おにぎりに手を付けると、またもた目を見開く。


「むむッ!」

「ゲッ、また光らないデヨ!」

「これは……ワシの大好物、ドラゴンの肉が入っているではないか! 甘辛く味付けがまた、この白いのによく合う!」

「へぇ……あれ、私のにはそんなの入って無いわよ。このネットリとした食感は……魚の白子ね」

「ボクのにはミルタロスのチーズ入ってル! これ好きなんだよネー」


 周囲でも、部下達の驚きの声が上がっている。


「これボアの角煮が入っているよ!」

「こっちは俺の好きな肉団子だよ」

「鳥肉のフライ入ってた……良かった、あの子達じゃないみたい」


 2つ目のおにぎりに入っていたのは、彼らの好物だった。

 しかしその意味と、意図を理解できず――彼らの視線は、自然と魔王へと集まっていく。

 

 魔王は頃合いを見計らい、立ち上がる。


「さて……皆の者も知っての通り、我が魔王国は人類種の国と、本格的な停戦へ向けて調停を進めている。そして、その事に納得のいかない者が大勢いる事も承知している」


「だからこそ、今日の食事会を開いた。遠い国では“同じ釜の飯を食べる仲”という故事があるという――」


「さらに今回の料理は、これもまた遠い国の言葉だが“腹を割って話す”という。これは、互いに己の真意を語り合うという意味だ……それに因んだ料理だ」


「フム。腹を割って話すから川魚には内臓が無いし、他に内臓を使った料理を出した訳カ」

「この白い三角はなんなのかしら」


「この白い食べ物は、コメという食材を使った“オニギリ”というらしい。皆の者が食べた通り、このオニギリはあらゆる具材と合わせる事ができる……このオニギリこそが、我ら魔族と人類を歩み寄らせる事ができるのではないだろうか」


「と、言いますと?」

「このオニギリも、川魚も、モツ煮も……全て我が友人達。そう、人間と共に作った料理だ」

「ナンデスト!?」

「このコメは人間からの提供によるもの。そして中身は魔族たる皆の者の好物――その2つは、よく合っただろう」

「むう……」

「これは最初の1歩なのだ。我々魔族は、人類より優秀だと驕った考えを改め、このオニギリのように、共に歩む事ができるのではないだろうか」


 そう魔王が告げると、食堂の中は静寂に包まれた――しかし、

 

「……いいんじゃない? 料理も美味しかったし」


 そうネーティアが呟くと、他の部下達も口々に喋りだした。


「確かにオニギリ美味かったよな」

「これ人間と敵対してたら食べれないんだよな……」

「えっ、そうなの? じゃあ俺今日から……あっ、いやなんでもないです」


 ゴルディアが部下の方を見渡すと、委縮して黙ってしまった。

 その様子を見て、ゴルディアは席から離れると、魔王の前に立つ。

 

「――魔王様」

「……ゴルディア」

「まずは今日の料理、大変おいしゅうございました。他の者に代わり、礼を申し上げますわい」

「うむ――」

「……人類種との戦争を辞め、共存の道を歩む。素晴らしいお考えだとは思いますが……果たして、奴らも同じように考えてくれますかのぉ」

「……」

「ワシも若い頃から戦場に立ち、多くの人間、エルフ、ドワーフや獣人を殺してきました。同時に、多くの同胞の死も見てきました」

「……お前は、長く魔王軍によく尽くしてくれた」

「その者達の死を受け止め、乗り越え……今日まで戦って参りました」

「そうだな……」

「――その結末が停戦とは……今まで死んでいった者達の魂は、浮かばれるでしょうか」

「……例えこの俺が凡愚の王と罵られようとも、この大地に更なる屍の山を築く事は無くなるのだ――その平和となった大地を、我らが国の子達に託そうではないか」

「……分かりました。じゃが、先ほども申し上げましたが、奴らも同じ考えを持つとは――」

「必ず、持たせて見せる。だから、それを信じて待っていて欲しい――」

「――ここにいる魔王軍の中枢たる者共よ、聞けぇい!」


「ワシは魔王様の御言葉を信じ、我が国の子である民に平和な世を見せてやりたいと思う。お前らはどうだ!」


 部下達はざわつくも、概ね好意的な雰囲気である。

 その中の1人が手を挙げる。

 

「異論はありません! しかし、部下には血気盛んな者も多く……」

「そういう者には、このメシを食わせてやれ。それでも納得できないなら、ワシが相手になると伝えておけ!」

「フム。そういうの集めて何かで発散させないとダメかもネェ」

「あら。じゃあ私たちのサキュバス部隊で搾り取ってあげようか?」

「――ひとまず何か代案見つかるまでそれでイイカ」

「なんだかよく分かりませんが、平和になる事は良い事です! なー♪」

「ピヨッ!」「ピヨピッ!」


 こうして魔王軍内部の戦争休戦による混乱も収まり始めた。


 そして――。 


 ■◇■◇■◇■◇■◇■◇■


 

 久しぶりに釣りや、大量の炊飯などを手伝ったせいで若干の筋肉痛で、湿布を貼っている。

 作った物は全部扉から運び込んだが、果たしてオルディンは上手く出来たのだろうか。

 

「知ってますかオダナカ殿!」

「知りません」


 いつもの問答を大将のラーメン屋でやりつつ、駆け込んできたアグリは続けた。

 

「今度の料理祭り! 国王様がリオランガフェスと正式に決めたそうです!」

「へぇ、そうなんですか」

「あー楽しみだなぁ。警護の仕事はあると思いますけど、どこかで参加できたらいいなぁ」


 俺も内心楽しみにしている料理祭りが始まる。


「最近はも忙しいし、ゆっくり食べられるといいなぁ」


 それが新たな面倒事に巻き込まれる原因になる事を、この時の俺はまだ知らなかったのだった。

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