第29話
異世界への鍵を持つ者達15
禍々しく進化したブリが河を渡っている間に、芝田は部下へと指示を出していく。
「グリーン。お前は手はず通りに――お前らも、準備をなさい」
「は、はい!」
彼らもまたあの契約書に縛られているのだろう――恐怖に引きつりながらも、芝田の命令に従い行動する。
まずトラックの荷台に積んである箱から、水晶玉の入った筒状の道具を取り出す。
これを三脚で固定し、その正面に先ほどのコスプレをしたグリーンが立つ。
「――では。すたぁぁとッ!」
部下が魔道具が起動し、筒から出た光がグリーンを照らす。
そして照らされたグリーンの姿が、河を渡るブリタウロスの頭上へと投影された。
よく見れば、ドローンが水晶玉を持っているのが見える。アレで姿を映し出しているのだろう。
『人間の騎士団よ、よく聞け! 我は、魔王である!』
どうやら姿だけでなく、声まで向こうへ飛ばせるようだ。
向こう岸の騎士団が、目に見えて動揺しているのが伝わってくる。
『我がペットである魔獣を散歩させていたら、騎士団より宣戦布告なしの攻撃――これは明らかに敵対行動である!』
これが昨日言っていたサプライズゲストなのだろう――完全に自演だが。
『故に、これは正当防衛であるからして――覚悟せよ!』
「ブぐぎゃッ!!」
そのセリフが言い終えた瞬間、ブリの瞳から黒いビームが放たれる。
騎士団が咄嗟に魔法のバリアを張る事で防ぎ――すぐに先ほどの火球が飛んで来るが――。
「ぐギギギギ!!」
今度はバリアもなしに、ブリはその新たに生えた両手で火球を叩いて撃ち落としていく。
先ほどと違い、今度は足止めにもなっていない。
カン、カン、カーン!
これは騎士団側からの聞こえて来た鐘の音だ。
この音が鳴り終わった瞬間、騎士団は即座に後退を始める。
「いいですよブリタウロス。そのまま騎士団をボコボコにしておやりなさい!」
我が子の雄姿を称えるかのように、興奮しながら実況をする芝田。
その視野は極端に狭く――。
「ここだ」
俺は地面に設置されたままの三脚を片手に――奴の手の甲を、思いっきりぶっ叩いた。
「あいッ!?」
そのまま前方へとダッシュ――地面に落とした鍵束を拾い、すぐに距離を取る。
「これは、返して貰いますよ」
「オ、ダナカさん――痛いじゃないですかぁ」
少し涙目になりながら手をさする芝田。
「無駄な事を……契約書を忘れたんですか?」
「どうでしたっけ」
「ふざけんなよ――この芝田が命じます。その鍵、返しなさい」
「お断りします」
即答する俺。
余裕ぶっていた芝田の顔は、見る見る内に紅潮していく。
「なっ――なんでだ!? 命令に背いた瞬間、命を奪うのではなかったのか!?」
「契約書は、よく確認した方がいいですよ」
異世界の人によって書かれた文字は、鍵の効果で読める。
俺が日本語で書いても、異世界の人は読める。
では、魔法の契約書はどうだろうか。
芝田には異世界の文字も、俺の文字も同じように読めてしまったので気付かなかったのだ。
何を言いたいかと言うと――魔法の契約書は、日本語で書いた俺の名前を認識できていないのだ。
あくまで人から人へ伝えるのが、鍵の効力。
「クソッ! あのエルフ共――欠陥品を渡しやがって……」
それに気付いていない芝田はプルプルと震えているが、こちらもまだ危険な事には変わりがない。
他の部下達は銃を構え、俺を包囲するように少しずつ移動している。
「――やるしかないか」
俺は鍵の中から、紫の鍵を手に取った。
少しだけ深呼吸をすると――覚悟を決める。
「なにをしている、そいつの鍵を奪え!」
「は、はい!」
芝田が激昂して叫ぶのと同時に、俺は自分の身体へと――鍵を突き立て、捻る。
ガチャ――。
俺の耳元で、扉が開く音が聞こえた。
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