大将とラーメンを売る(最終日)1

 昨日よりも確実に勢いがある。

 チラシの効果か、匂い作戦のおかげか。


「昨日より順調に人が増えているみたいだな!」

「えぇ。これならあるいは――」


 ざわっ――。


 一瞬、遠くの方で客のざわめきが聞こえた。


「えぇっと、こちらに並ぶようです」

「構わん。順番は守らねばならん」


 その声のする方へ向くと――冒険者風の格好の女性と、同じような格好をした男性の姿があった。

 女性は頭に黒いバンダナを巻き、腰に剣を提げている。

 男性は銀の髪をオールバックに整え、眼鏡を掛けていた。

 その2人は油そば側の列に並んでいるようだった。

 

「旦那、あれが……」

「えぇ。分かってます」


 昨日、レオガルド殿下を招くようにアグリさんに頼んだ時にこう言われた。


『殿下は正々堂々を信条としているお方。今回の勝負の事もご存じなので、食べるなら不公平にならないよう両方の店で召し上がると思います』


 どうやらアグリさんは無事、殿下を引っ張り出す事に成功したようだ。

 2人共、変装のつもりなのだろうが――。


「ねぇ、あれってもしかして」

「殿下よね……という事は、あちらはアグリ様かしら」


 ヒソヒソ声がこちらにも聞こえてくる。

 そのくらいにはバレバレであったが、さすがに誰もそれを指摘しようとはしなかった。


「いらっしゃいませ……え、えぇ!?」


 店番をしていたガンドルの声が裏返る。無理もない。


「あ、油そば並を2人……いえ、1人前で」

「お前も食えば良かろう。今は公務中では無いのだし」

「えっ、そうですか? じゃ、じゃあ2人前で……あっ、トッピングはこの半熟卵と――」


 遠慮しながらも自分の分も頼むアグリさんに、思わず吹き出しそうになる。


「では、まずそのまま食べてみるか。これは、混ぜればいいのか?」

「へ、へい。下のタレとよく混ざるようにお願いします」

「どうせだから私、あそこのカレー粉っての試してみます」


 もう食べたくて仕方が無いのだろうけど、アグリさんは殿下の傍を離れて調味料を掛けにいく。

 一応、護衛の仕事中ではないのだろうか。


「では――ずるっ、ずるっ」

「いただきます――ずるるぅっ」


 さて、感想は――。


「初めて食べる味だが、これは確かに美味しいな。他のソースも試してみるか」

「このカレーっての凄い美味しいです! なんかスパイシーというか、辛いというか……よく分からない味ですけど、美味しいです!」


 ほとんどいつもの彼女なのだが、周囲の客は、


「あんなに美味しそうに食べて……私も食べたくなってきた」

「ああ、食べている姿もお美しいわ」


 なんか妙なバイアスが目に掛かっているようだ。


「――ふむ。店主よ、美味しかったぞ」

「あ、ありがとうございます!」

「さて――」


 今度はこちらを見る――その鋭い眼光に、思わず息を飲む。


「では、また最後尾に並ぶとしようか」

「は、はい!」


 殿下とアグリさんはラーメン屋側の行列へと並びに行ったようだ。


「今、旦那の方を見てなかったか?」

「多分……」


 あの視線は、確かに俺の方を見ていた。

 アグリさんから何か聞いているのだろうか――。

 あまりお偉いさんから目を付けられたくは無い……面倒そうだし。

 

「ともかく。こちらも普段通りにやりましょう」

「お、おう」


 しばらくして――2人の番が回って来た。


「すいません、こっちにもチラシ貰えますか」

「ど、どうぞー」

「ふむ……見た事も無い上質な紙だ。しかしこの文字、子供が書いたみたいだな」


 すいません。それは俺がアグリさんに頼んで書いて貰ったモノを、ノートパソコンのペイントツールで書いたモノです。

 鍵の機能で会話こそ出来ているけど、異世界の言葉なんて分からないのに、精一杯再現はしたんですよ。


「へいらっしゃい。ご注文は如何にしましょうか」

「では親系ラーメン2つと、オニギリも2つで」

「……ふっ、1つで足りるのかい?」


 イタズラっぽく笑いながら大将が聞くと、彼女はしどろもどろになりながらも追加注文する。


「え? じゃ、じゃあ2つで……」

「炙りチャーシューもあるが、どうするよ」

「あっ、じゃあお願いします」


 もう変装も看破されている事も気付かず、いつものように注文するアグリさん。

 後ろで黙って聞いていた殿下が、彼女へ耳打ちする。


「おいアグリよ。そのオニギリとはなんだ」

「えーっと、このラーメンに凄く合う食べ物なんですよ」

「というよりラーメンとはなんだ。汁そばではないのか」

「その汁そばの別名なんですよ」

「そうか……ラーメン。確かに言いやすくはあるな」


 俺が七輪で丁寧に焼いたチャーシューを、大将へと渡す。

 チャーシューを斜めに切り、それを器へ移すことで完成だ。

 

「あいよっ。親系ラーメン炙りチャーシュー乗せ2つとオニギリ3つだ」

「ありがとうございます」


 テーブル席へと運び、着席すると殿下は感慨深そうに呟く。


「――これは、確かにあの時のスープの色だ」



 すんすん――とラーメンの匂いを嗅ぐ。


「しかし、この香ばしい匂いはあの時には無かったモノだ……では」

「いただきます」


 レオガルド殿下と、アグリさんはラーメンを食べ始める。

 大将と俺はもちろん、周りのお客さんでさえ固唾かたずを飲んで見守っている――。


「ずるるっ、ずるっ――」

「ずるっ――んんっ、美味しい!」


 まずアグリさんが声を上げた。


「いつも食べているスープと違い、トロみも濃厚さが全然違います!」

「ずるっ、ずるっ――」

「それでいてコカトリスの味、具材の味、チャーシューの味どれも喧嘩せず、まとめて麺に絡まって――」

「ずずっ――」

「さらに! これはオニギリと合う――このオニギリにも何か仕事がしてありますね!」


 ずっと食べながらも食レポをしているアグリさんと違い、殿下はずっと無言で食べてばかりだ。

 アグリさんが食べているのを真似をしたのか、スープを飲みながらオニギリも食している。それでも無言だ。


「――ぷはぁ。美味しいです大将! これは凄いラーメンですね!」

「お、おう……」


 スープまで飲み干し、ご満悦顔のアグリさんと対照的に――殿下もまた、スープまで飲み干した器をテーブルへと置く。

 それまでずっと無言を貫いてきた殿下が一言。


「――では、アグリ。帰るぞ――」


 それだけ喋ると、席を立とうとするが――。


「あ、あの!」


 思わず呼び止めてしまう大将。

 それも無理はない。さっきはストレートに褒めていた殿下が、難しい顔をしたまま特に感想も言わないのだ。

 これは不安に思ってしまうのも仕方がない。


「その、お口に合いませんでしたか……?」


 もしここで「まずかった」などと言われたら、それこそ勝負は決してしまうだろう。


「……ここで味の感想を言うのは控えさせて頂こう。しかしそうだな――このチラシに判をくれ」

「は、はい」

「――今度は、腰を落ち着けて食べたいものだな」


 それだけ言うと、殿下は1人で行ってしまわれた。


「えっ、あっちょっと待ってください殿下!」


 アグリさんも慌てて後を追った。


「えーっと、つまりどういう事だ?」

「少なくとも認めては頂けたようですね……」


 それでも世辞くらいは言ってくれたら良かったのに――と俺は思ったが、それでも周りのお客さんは先ほどの殿下の行動をよく見ていたようだ。


「殿下がまた来るって言ったってことは」

「料理番付トップクラスくらいの味はあるって事かしら」

「アグリ様も凄い褒めてたし……」


 それらの発言を聞いて、俺は大声を上げる。


「親系ラーメン、まだまだ数はございますので、最後尾までお並び下さい! チラシの数も十分にありますので、どうか他のお客様のご迷惑にならないよう――」


 俺の声を聞いた客は、1人また1人と列へ並んでいく。

 噂はすぐに広まる――先ほどの出来事を見た他のお客さんが、先ほどの雑談をしていれば、さらなる客を掴めるはずだ。


「大将。とりあえず、今は調理に集中しましょう」

「ああ! 殿下に恥をかかさないよう、しっかり丁寧に作るぜ!」

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