ガンドルの志

「いらっしゃいませ、こちらは今日も大盛況。油そばだよ!」


 屋台の前で従業員が客の呼び込みを行う様子を、オレは腕組みをして眺めている。


「これ昨日アイツが言ってた、すげー美味しいソース掛け放題らしいぜ」

「そんなに? ちょっと寄って見ようぜ」


 モナカの嬢ちゃんの予想通り、昨日の客が帰った後に知人友人や家族に話したのだろう。

 そこから噂が広まり、今日もまた油そばの屋台に大行列が出来ていた。


「へい、親系ラーメンね。おっ、そのチラシはそこのテーブルで判を押してくれ」


 向かいの屋台の声が聞こえてくるが――オレは気にしない。

 気にしないが……オレは自分でバルドに言った言葉を、思い出していた。


『勝てばいい』


 そうだ。勝たなければオレが正しいと証明できない。


 しかし、あの嬢ちゃんの言う通りのやり方で本当に良かったんだろうか――。


 オレが考案し、嬢ちゃんが改良したこの油そばは、確かに天下一品だ。


 だが、勝つ為にあの不思議な味のソースに頼って味を変えていく事と――。

 親方が客層に合わせて味を変えて行った事と――何が違うんだろうか――。


 その思いが頭から離れねぇ。


「ああもう。ゴチャゴチャ考えるのは性に合わねぇ!」


「炙り希望の方はこちらへどうぞ」


「……さっきから何やってんだアイツら」


 昨日とはまた違った事をしているようだが……屋台の中からではよく見えない。

 ちなみにモナカの嬢ちゃんは「1人でフェス回ってみたいから午前は任せた」と言ってどこかへ行っちまった。

 もし何か異常があれば、この薄く四角い板を使って連絡しろとは言われているが……。


『あんなちっちゃい嬢ちゃんのおんぶに抱っこなアンタにだけは言われたくないね!』


 惚れている女にそう言われた。1番言われたくなかった言葉を、見ないようにしていた事実を言われた。

 

 それが――たまらなく嫌だった。


「ちょっとおめぇ。すぐ戻って来るから、ここ任すぞ」

「えっ、ちょっ店長!?」


 屋台の小屋を出て、バルドの屋台の前までやってくると――そこには昨日は無かった光景が広がっていた。


「あっ、お子さん連れですね。はい、特製オニギリのサービスです」

「チラシ無いって人は言ってください。こちらでも配ってますので!」


 まず目に付いたのが、行列に並んでいる客の殆どが薄く白いモノを持っていた。

 ありゃ紙か? 商人がたまに持ってくるが、あんな高いもんどこでどうやって入手したんだ。


「おい、そのチラシをオレにもくれ」

「はいどうぞー」


 配っていたラーメン屋の店員から紙を受け取ると――そこにはきらびやかな色で描かれた絵と文字が入っていた。

 正直文字はそこまでキレイじゃないが、それでも読める程度ではあった。


『親系ラーメン屋バルド新装開店サービス。今日この屋台でラーメンを食べたらスタンプを押してください。このスタンプが押してあるチラシを持って店に来ていただければ、チラシ1枚につきラーメン(並)1杯無料サービス』


「な、なんだこりゃ……」

 

 オレがチラシを持っていると、どこからともなく香ばしい匂いが漂ってくる。


「炙りチャーシューご希望の方はおっしゃって下さい」


 さっきの兄ちゃんが、灯篭とうろうみたいな置物の上で分厚いチャーシューを焼いてやがる。

 魚醤かなんかのタレを表面に塗り、それを網の上で炙り――さらに、後ろで風を起こす魔道具なんか使っている。

 そのせいで煙と共に匂いが通りに――それはどんどん四方へと伝わって行く。

 よく見たら屋台の中からも風の流れがある――。


「すげー美味そうだ。お兄さん、俺のも頼むわ」

「すぐ出来ますので、お待ちください」


 オレの油そばはスープ要らずで原価もそれほどかからねぇ……しかし、匂いだ。

 あのコカトリスで念入りに取ったスープ、チャーシューのタレが焦げる匂い――。

 そういったモノは、あの油そばには無いものだ。


「ぐ、ぐぐ……」


 オレは、拳を強く握りしめる――。


「あっ、昨日も来ていただいた方ですよね」

「えぇ。凄い丁寧に接客して貰って……その話を商会でしたら、なんか他の人達も来てみたいって言ってて」


 こうしちゃおれねぇ――。

 

 オレは自分の店へと戻る。

 ここまで売り上げが伸びたのも、全ては嬢ちゃんのおかげだ。

 別にこっちの客足が減った訳でもないし、このまま逃げ切ってやる。


 オレは親方から認められたアイツに、勝ちたいんだ。

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