大将とラーメンを売る(初日)3


「らっしゃい、らっしゃい」


 例の和食料理人の格好は、この祭りにおいて目立っていた。

 他がエプロンや作業服のようなツナギを着ている屋台もある中、あの純白の衣装は珍しさもあって目を引いた。

 屋台の前のテーブルに、見覚えのある調味料が並んでいるようだ。

 左からケチャップ、マヨネーズ、ラー油、カレー粉――どれも味が濃いモノばかり。


「あー、お父ちゃん。アタシ、ここの油そばっての食べてみたーい」


 客の第一陣が到達する頃に、油そば屋の前で立ち止まる1組の親子が居た。

 フリフリのレースが付いたピンクのドレスと、白く丸い帽子を被った女の子と、シックなデザインの若い男性――。

 

「よ、よーし。店長――じゃなかった、店員さん。油そば2つね」

「へいっ。ウチは並も大盛も値段は一緒ですぜ!」

「な、なーんてお得なんだ!」

「さらに色んなトッピングに、ソースも用意してあるから、色んな味が楽しめますぜ!」

「すごーい♪」


 といった寸劇を店の前でやっているのだが、少し遠巻きに見ていた客も、興味が引かれたのか少女達の後ろへ並び出す。

 ちなみに知っている人間が見れば一目瞭然いちもくりょうぜん。子供役は女児服を着てツインテールのモナカと、父親役は恐らく油そば屋の店員なのだろう。

 小さいと言われてキレていた割に、そういった役割はこなせる――その根性はプロと言ってもいいだろう。


「わーい。この赤いソースは凄いフルーティで甘い味がするー。この黄色い粉はスパイシーでおいしー♪」

「おっ、このパリパリしたモノも美味しい……チーズもたっぷりだ!」


 異世界の人らにとっては未知の調味料だが、それを美味しそうに食べる子供(成人)によるプロモーションの効果はあったようで、列が列を呼び徐々に並んでいく。


「おい、列が通路にはみ出るから、ちゃんと言った通りに成形してこい――あーん、これも美味しい♪」


 そして俺はと言うと――。


「油そば、並で1つ」

「あいよ。銅貨5枚ね」


 さっきまでのスーツ姿から、よく現場の作業員が着ているような恰好になっている。

 頭もボサボサにして、伊達メガネも掛けている。一応、念のため。

 大将の頼みで、向こうの油そばがどんなモノなのか調べて欲しいと頼まれたのだ。


「並1つお待ちっ。横のテーブルの調味料はサービスなんで、お好みの味に調節して下さい」

「どうも」


 ここの店の油そばそのものは以前も食べた事がある。

 その時と同じように太麺の上にサイコロ状のチャーシュー、脂身、みじん切りにされたハーブのシンプルな具材だ。

 タレも魚醤をベースにいくつかの油を組み合わせ、炒ったピーナッツのような木の実が細かく砕いて入っている。これにより香ばしさも加味され、食欲をそそる。


「いただきます。ずるっ、ずるる――」


 味にそこまでの差異は感じられないが、中太麺のモチモチとした食感が弱く、いつもの麺特有の匂いもあまりしない――。

 そのせいでタレや具材の一体感もまた弱くなっている……気がする。

 

「専門家じゃないからそこまで分からないけど……インスタント麵か?」


 試しにケチャップなども加えて味わってみる。

 食べ慣れた日本人なら普通に美味しい程度の感想で終わるが――。


「なんだこれ! 食べた事ない味だ!」

「たまにここのそば食うんだけど、今日のはなんか一段と美味しいな!」

「この薄いフライ、イモか!? 今度帰ったら試してみるか!」


 周りのテーブルで食べている客達には大好評のようだ。

 みんな美味しそうにこの油そばを食べているし、行列も長いまま途切れる気配は無い。


「ふむ……」


 ひとまず完食した後に、大将の店へと戻るのであった。

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